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…どの位の時間が経過しただろう。
気付いた時には、もう右手の感覚は戻っていた。
(何も…言わずに行くなんて……愛してるって………言ったのに…)
右手の感覚と同時に宗一の身体の感触が右手に甦る。
(なのに……一言も告げずに…何も……何も言わずに…)
そしてそれは一筋の涙に変わり、美也子の頬を伝う。
(宗一…どうして何も言わ………え?)
「何……も!?」
思わず言葉に出してしまった。
何も言わずに去る様な人間が、わざわざ話し合いに赴くだろうか…
部屋に忍び込んでまで、「愛している」と言った人間が何も言わずに消えるだろうか…
それも、感染を恐れずに唇を奪った人間が……
「ん……ッ!」
美也子は渇いた唇に指を這わせると、それを強く噛んだ。
…そして、ゆっくりと立ち上がると、父親の部屋へと向かった。
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