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「それより今度は眠れなくなってしまってね…こっちに来て一緒にやらんかね?」
主人はグラスを掲げて、屈託のない笑顔を日下部に向けた。
「いえ、私は……」
日下部は目を細めると、ゆっくり首を横に振った。
人は事故や事件で、余りに衝撃的な出来事があった時などに、稀に脳が嘘の記憶を刷り込んでしまう事があるらしい。
現実を受け入れられないが為に、自己防衛手段として無意識のうちに記憶を操作してしまう…
これが巧くいかない時に記憶喪失などが起こるのだろうか。
(今なら…)
「ですが、お話しておかなければならない事が…」
今度は確信を持って切り出した。
「話…かね?まあ、立っていては話もしづらいだろう…そこに掛け給え。」
主人が目で合図すると、日下部は無言で頷き、ソファーに深く腰掛け、顔の前で軽く手を組んだ。
「いきなりですが…宗一様を覚えていらっしゃいますか?」
「宗一君の事?覚えているが…一体何の……」
「…お答えください!」
「……ッッ!!」
普段は冷静で自分に従順な日下部が不意に声を荒げたので、主人は思わず気押されてしまった。
「あ、ああ…宗一君かね……」
「ええ、最後にお会いしたのはいつですか?」
日下部は、言いながら少し身体を前に乗り出した。
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