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コン…コン…コン…
「お嬢様…聞こえますか?お嬢様…」
日下部は美也子の渡り廊下に着くなり、窓を少し開けて囁いた。
「その声は日下部……さん?」
室内からは意外にもはっきりとした声で美也子の返事が返ってきた。
「だ、旦那様に聞こえてしまいます…しかし、こんな事に…本当に申し訳ありません……」
日下部は鼻の前で人差し指を立てて言った。
「廊下でのやりとりは全て聞こえました。それに、日下部さんのせいではありません……それより、宗一は……」
美也子は消え入りそうな声で日下部に訊いた。
「……!」
「宗一は…宗一は…何処?」
(言えない…本当の事なんて言えない…)
「そ、宗一様は今はいらっしゃいません………ですが、必ず助けに来ると伝えて欲しいと…」
…日下部は嘘を吐いた。
ここで本当の事を告げると、美也子の一縷の望みが断たれてしまう…そんな事が言えるはずもなかった。
「本当……本当に?」
「ええ……必ず!ですから、安心してください!」
「宗一が…助けに…!」
「……はい!!」
日下部はまるで自分自身に言い聞かせる様に深く頷いた。
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