第九章

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 煉は狸を抱き抱えたまま桔梗の神殿と結界から出る。外には見慣れた雑木林だった。  「なんじゃ。あ奴、又薬嗣の職場の裏に繋げとったんか。」  「ここは涼の結界、宗の結界、それにお狸様の結界が張ってますからね。バレる心配が無いからでしょ。」  「…………それにお主のもじゃろ。」  狸はチラリと煉を見ると、冷ややかな笑みを浮かべる。  「さあ?貴方には答えなくても良いでしょ。」  それ以上、踏み込むなと言わんばかりの口調。何時ものお気楽な煉は何処にも居なくなっていた。狸を手短な石の上に乗せると背を向ける。  「…………待て。何処へ行くつもりじゃ?」  「何処にも行きませんよ?」  口調は軽い。だが、寒気がするくらいの冷気が周囲に陰を落とす。  「煉。」  「なんですか!俺はこの時の為に生きてきたんですよっっ!貴方にはその理由が分かっている筈だっっっ!!!」  煉は雑木林にこだまする大声で叫ぶ。怒りの中に悲痛が混じっていたのは、もし他の仲間が居たとしても、狸にしか感じ取れなかっただろう。  「煉。」  それでも狸は普段通りに煉の名を呼んだ。  「………!あんた卑怯ですよっ……!!」  神の中でも力の強い狸は無意識に言葉に魂を籠める。従う従わないにしろ、その言葉は聞く者の魂に揺さぶってしまう。そうなると、その者はそれ以上、何も出来なくなるのだ。  「卑怯は承知。そうじゃねえとお前、人の話し聞かねえだろ。」  突然老人の声が、年若い青年の声に変わる。驚いて振り向くと、そこには雑木林は無く、花が咲き乱れる小さな白い神殿があった。そうしてその前に立つ、声の主は、銀の髪、金と黒の双眼を持つ青年。  「火月様……。」  唖然としながらも声の主を呼んだ煉を見て、火月は愉快そうに笑った。  「俺の秘密の隠し屋敷にようこそ。喜べ。此処に連れてきたのは、月人に続いてお前が二人目だ。」  喜べと言われても、煉は素直に喜べ無かった。
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