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抱きしめられた俺は、その暖かさを噛み締める。……あんなに小さかった少年が大きくなった。
「私にとって、貴方に会う前の春は、単なる季節の一つでした。貴方の所に出向いて、心の中に何かが芽吹きました。貴方の居場所へ通う時、それまでそこに有ると言う事でしかなかった風景でしたが、暗いあの部屋で待つ貴方に、貴方の季節がこんなにも綺麗なんだと伝えたくて、いつの間にか、一生懸命、目に焼き付けてました。」
その事を伝える度、聞いてくれる。そうして、又、心の中に何かが芽吹く。
『それが感情と言うものじゃ。坊はあ奴と会っていると楽しいんじゃな?』
『楽しい?』
『………胸の辺りが暖かいじゃろ?何度も会いに行きたくはないか?』
『はい。』
『そうかそうか。ではな、これからも、食事はお主に運んでもらうとしよう。あ奴は甘い菓子も好きじゃ。…………坊が作ってみるか?』
『はい!』
………その時の老師の悪魔の笑みは忘れ無い。何故なら今、その笑みが目の前にあるからだ。
「ほほう~……。ワシを投げ飛ばしておいて、自分はイチャイチャしとったか。そうかそうか。」
「教授から離れてくださいますか?老師。」
「ふっ。小僧の頭と煉の頭はワシの指定席と決まっておるのだよ。」
狸は抱き締められた俺の頭に、抱きついていた。…………何処から出て来たんだ……。
「えー。俺の頭もっスかー?嫌な指定席だな。」
「………お祖父様……?」
「!!えっ何その、今にでも首でもかっ切りそうな表情!!俺、悪くないよ?!」
煉の慌てっぷりから宗のどす黒い笑みが感じとれる。
「………狭量の小さい男じゃのう。じゃからいつまでも坊なんじゃ。もう少し精進したらどうなんじゃ?昔は可愛かったのにのう。『やくつぐさま、さくらがさきました。』なんて言っての。のう?小僧。」
「あー……あん時は本当に可愛かったなー。ちょっと舌足らずでさ。でも今も可愛いぞ?」
「き、教授……。男に可愛いは……。」
「宗は可愛い。俺も賛成だ。だが、八朔はもっと可愛い。」
「俺はお前に可愛いさを要求する。特に食事の量な。」
わらわらと出てくるお邪魔虫達。結局、俺と宗の甘い一時は、何時もの様に、ぶち壊しとなった。
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