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「と、いうわけで……今日から桜並木高校に転校してこられた酒塚林檎さんだ。 ちなみに隣の組にも今日から林檎さんの双子のお兄さんが入る事になった。 いいかお前ら、お兄さんともども仲良くしてやるんだぞ!」
ホームルーム。
健闘むなしく俺と桃は担任から遅刻をくらった。
当然と言えば当然なのだろう。
しかし、遅刻など一度もした事の無かった俺にとっては精神的ダメージが大きいのだ。
さらには一本背負いをくらうという肉体的ダメージのおまけつき。
「さて、それじゃあ林檎さんの席は……しまった、果実組の後ろの席しか空いていないじゃないか」
担任が本当に困ったように頭を抱えながら呟いた。
しまったってどういう意味ですか先生。
それに、俺は比較的真面目な生徒(自称)の筈です!
問題なのは桃ですよ……。
「師匠! 先生、師匠の席は俺の後ろの席でなんの支障も無い筈です! 師匠だけに!」
「え、何その上手いこと言ってやりました的な顔! 上手くないからね、それただのおやじギャグだからね!」
当の桃は、目を輝かせたままずっと林檎の事を見つめている。
どうやら本当に弟子入りしてしまったようだ。
しかも、林檎もまんざらではなさそうなんだよなぁ……。
男子から弟子入りされて嬉しいものなのか、普通。
「仕方ないか、それじゃあ林檎さん、席は桃の後ろで。 ホームルームは以上!」
担任はそれだけ言うと、教壇の上から日誌を取り上げて脇に抱え、背筋を伸ばして教室から出ていく。
だがクラスの生徒一同誰一人として担任から目を離そうとはしない。
それは俺も桃も同様だった。
担任を見ていないのは、今日転校してきたばかりの林檎くらいだ。
皆の期待のこもった眼差しに全く気付いていない担任は、直後──。
「はうあっ」
例の奇妙な声を上げてすっ転んだ。
教室と廊下の境目にあるほんの数ミリの段差に足を引っかけたのだ。
ドジの二文字がまったく似合わない容姿をしているにも関わらず、どうしようもなくドジな俺達の担任は、毎朝こうやって同じところ、同じタイミングで転ぶ。
クラスの中では、一種の日課みたいなものになっていた。
その光景を見ないと、どうも調子が狂うのだ。
何事も無かったかのように立ち上がった担任は、軽くほこりを払い、再び歩き始め、今度こそ本当に教室を後にした。
クラスの皆もまた何事もなかったかのように、雑談や読書を始める。
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