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担任が転ぶ事は、俺達にとって日常に組み込まれている事なのだ。
ただ一つ、今日は日常と違うことがある。
それは──転校生、酒塚林檎という存在だ。
皆の雑談の内容も、転校生の話で持ちきりのようだ。
だが、林檎本人には誰も話しかけようとはしない。
目を完全に覆ってしまっている長い前髪も相まって、酷く話しかけづらい印象なのだ。
……ただ、それは桃を除いての話なのだが。
「ささっ、師匠、どうぞこちらにお掛けください! お荷物はこちらに!」
「……ありがと」
担任に言われた通りに俺達の後ろの席へゆっくりとやってきた林檎を、桃は林檎の席の椅子を引いて待っていた。
そして、戸惑う林檎を半ば無理矢理座らせ、荷物を預り恭しく一礼。
これまたやはりまんざらでもない様子の林檎は、ぽつりとお礼の言葉を呟いた。
「どこぞのアシスタントかお前は」
「違う! いたって違うぞ檸檬! 俺はこの林檎さん、いや、師匠のもとで働く神聖な職業を授かりし者! その名も、弟子だ!!」
「弟子をそこまでかっこよく言い表した奴を俺は初めて見たよ!」
まったくよー……林檎も桃なんかに弟子入りされて、迷惑じゃないんだろうか。
俺なら即刻破門するけどな。
弟子入り初日から問答無用で破門してやる。
「師匠、喉は渇いてませんか!? マッサージなどはいかがでしょうか!」
「おい……迷惑そうだから止めとけ」
「喉……渇いてる」
「渇いてんの!?」
「はい師匠、しばしお待ちを!」
前髪で表情は伺えないが、小さな声で林檎が呟き、桃は満足そうに笑って自分の鞄をごそごそと探り始めた。
今完全に理解した。
桃は言うまでもなく変わり者だが……林檎も相当変わり者だ!
それも厄介なタイプの!
「一晩冷蔵庫で冷やした麦茶を市販のジュースを飲みほした空のペットボトルに入れてきたもの~」
「最後ぐだぐだだー!! しかもなんか某ネコ型ロボットのモノマネしてるけど全然似てねー!!」
桃が自慢気に取り出したペットボトルの中には、いかにもよく冷えた麦茶が入っていた。
ペットボトルの表面には麦茶の冷たさによる水滴がついている。
夏の蒸し暑い時期、丁度今のような時期にはぴったりの飲み物だ。
うわー、喉渇いた。
朝っぱらから全力で走ったからなー、口の中が乾燥しちまってら。
俺のお茶、あんまり冷えてないし……くそ、後で売店行くか。
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