芹沢鴨

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四年前の一八六三(文久三)年九月十八日、その日は一日中雨が降っていた。昼頃には小降りとなったものの、その後はいつ止むとも知れず、音を立てて大雨になった。 この日、花街島原の角屋では芸者総揚げで大宴会を催いていた。 壬生の屯所から坊城通を南へ真っ直ぐ五条まで十五分程歩けば島原大門を見つけることができる。 角屋は西門付近に位置する。現在は西側にJR嵯峨野線丹波口駅が在り、そこから京都市中央市場を越えると直ぐに西門跡に辿り着くが、門は既に数度の輪禍に見舞われたため倒壊し、由来は石碑のみが伝える。 角屋大座敷、松の間の最奥、今に残る名庭園を一望する上座に陣取り、一際大きな体躯で水のように酒を飲んでいたのが、新選組筆頭局長芹沢鴨。 粗暴な振る舞い、強引な資金調達、数々の乱暴など問題は多く、彼の所行そのものが壬生狼と言えた。その為に、この日が訪れた。 藤堂は距離をおいて座している。 芹沢の豪放な性格に一種憧れを持つ隊士も多い。それなりの人気は有ったが、藤堂は生理的に好きになれなかった。 「鴨を、斬る」 数日前、静かに謀を副長土方歳三から告げられた時、一寸の躊躇いなく吐き捨てた。 「いいでしょう。日は」 「十八日だ」
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