芹沢鴨

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惨劇の様子を、縁側で切り結んでいた芹沢が漆黒の中、目を光らせ見据えている。 腹からは血を垂らし、左腕は既にない。 瞬間、芹沢は口から出たとは思えぬほどの大音を発し、緒突迅雷、その巨躯と怒髪を振り乱し、藤堂目掛け突貫した。 (あれだけ呑んだ後でよくもこれだけ動く) 辛うじて身を翻した藤堂は、さらに闇の深い屏風の裏側まで転がり込み、そのまま屏風一帖ごと串刺しにし、さらに五、六度突き通し、元いた縁側まで蹴り戻す。 一連が一呼吸の出来事で、一息入れようと頭巾を目の下の位置まで下ろし、鼻に掛かったそれを下緒で縛った両手でこじ開け、ここで初めて呼吸を整えた。 藤堂は、戦いの最中、こういうことをする。 九月とは言え、蒸した熱気と湿気、先刻までの情事とお梅の残り香、さらには強烈な血と汗の臭いが入り混じって鼻孔を突き、肺を満たす。今になって自分がとろとろの血の海に片膝を立てていることに気付いた。 ――裃を着ていた。 ――やはり、知っていた。 ――覚悟ができていたなら。 ――腹を、切らせる、だけで。 ――何も、ここまで。 ――せめて、武士らしく…。 ふと我に返り後を見ると、山南が女二人を原田のいない方へ、そっと逃がしていた。 前に向き直すと、芹沢はまだ立っていて、何とか左隣の部屋に転がり込もうとしていたが、そこを待ち伏せていた土方が背中から右袈裟に斬った。 (もはや粛清でも暗殺でもない。ただの屠殺だ) 続いて正面にいた井上の刀が光った。しかし、その止めの一撃は鴨居に阻まれて、井上に隙が生じる。それを見た藤堂は畳からしぶきを上げて飛んだ。 この機を逃すまい、と手負いの芹沢は障子ごと隣の部屋に雪崩込んだが、踏み入ったそこには、八木家の子、為三郎の文机が置かれていて、それに芹沢は足を取られてしまった。 一閃。 いつ回って入ったのか、部屋の中にいた沖田は、凄まじい勢いで宙に浮いたままの鴨を、切断。 頭と左手の無い刀傷だらけの巨魁は、方々に血を撒き散らし別々に落ちた。 「天っ、誅ーーーーっ」 声色を全くの別人に変えて、土方が叫んだ。 (芝居が細かい) 各自、雨夜に消えた。
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