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夜になっても気温は下がらず、熱気と湿気でベタつく肌は不快指数100パーセントを越える。
なんと言っても、7月中旬。
日中の最高気温の記録を更新した、ある週末の1日だった。
真夏のオアシス、ビアガーデンや居酒屋では生ビールが胃袋の中に消え、酒臭い老若男女を夜の町に吐き出していく。
「オレも、吐き出された一人だけどね」
ほろ酔い気分で会社の同僚や後輩から解放され、一人で夜の街に放り出された。
さすがに夜10時前だと、屋外でも蒸し暑さは多少は緩和され、見上げればビルの隙間から星も見えて結構良い気分だ。
「なんだか飲み足りないし、どこかで飲んで帰るかな」
周囲を見回しても入りたいと思わせる店は無く、仕方なく駅に向かい歩き出した。
徘徊を思わせる速度で進むと、迷惑極まりない大学生らしき集団に遭遇する。
「先輩、先輩。一緒にカラオケ行きませんかぁ?」
大学の先輩と間違えたのか、純粋に誘ってるのか分からないが、大迷惑だ。
オレは「君の先輩じゃないよ」、と大学生達をかわして先に進む。
そんな中、駅近辺の飲み屋街は雑然として、どこか怪しげでオレを誘っているように感じた。
ちょっとした路地の奥とかに、呑兵衛心を擽る店がありそうだ。
「どこで飲もうかな」
「いらっしゃいませぇ。只今キャンペーンで生ビール300円です。いかがですかぁ」
チェーン店の制服に身を包み、可愛らしく呼び込みする居酒屋の女の子に心が動きかけた。
ただ、ネクタイをした29歳のサラリーマンが、居酒屋のカウンターで一人酒……
映像が頭に飛び込んでくる。めちゃくちゃ、寂しそうだ。
しかも、想像した自分の姿にテンションも軽く下がった。
居酒屋の女の子をやり過ごし、角を曲がると駅まで一直線の道に出る。
「いつものバーでカクテルにするか」
目の前の道を行き、駅を通りすぎた先に行きつけのショットバーがある。
ショットバーのカウンターなら、一人でも違和感はないだろう。
ほぼその店に行く気分になり、鼻の奥にカクテルの甘いような香りの幻想を感じ始めた。
駅までの道をある程度まで来たとこで、背後からオレ好みの可愛らしい、女の子の声が聞こえた。
「中さん、今日はアリガトね」
声の主は話し方も可愛らしく、語尾にハートがいくつか付いていそうな勢いだ。
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