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女の子の声が気になり、足を止め背後に意識を向ける。
「マイちゃん、サンキューな。今日も楽しかったよ」
「うん、マイもだよ。また来てねぇ。待ってるからぁ」
女の子の声とは似つかわしくない、酒焼けした中年オヤジの声。
そのやり取りが、更に気になり思わず声の方へと振り返る。
派手さは無いが、深いブルーを基調に黄色い文字の入った、ネオン式の看板の下にその姿はあった。
「バイバ~イ」
看板と同じ色調を意識したのか、紺色に近い青地に薄い水色の花柄の入った浴衣で鮮やかな黄色の帯。
小柄と言うよりは、ちっちゃい。アップした髪の下から覗く色白のうなじ。
オレが来た方へと歩いていく中年男。
客であろう男に手を振る彼女が、何故だか絵になっている。
客の男は何度となく振り返り、彼女に手を振る。やがて、オレが曲がって来た交差点を曲がって男は姿を消した。
彼女は、曲がりきるまでそのお客を見送っていた。
「何だか、いいなぁ」
誰にも聞こえないように呟いた時、そのお客を見送った彼女が振り返る。
女子高生並の幼い顔。
美人というよりは可愛い。
オレの思い込みの中にある、水商売の女性がするのとは違うナチュラルメイク。
浴衣のせいもあろうが秋葉原に行くと、妹系などと言われそうな雰囲気。
それがいずれマイと呼ぶようになる、彼女の第一印象だった。
例の看板の真下が店への入り口らしいのだが、彼女は店に戻ろうとしている。
その時、彼女と一瞬目が合った。
えっ、笑った?
天使の微笑み。
氷の微笑。
笑顔の表現は色々あるが、その時の笑顔は何の計算の無い幼児の笑顔のように見えた。
「うっ、可愛い」
なんとも言えない強い引力で、オレの気持ちが引き付けられた。
だが、彼女はすでに入り口の奥に消えていた。
姿は無いが、目に焼き付いてしまった残像なのか、笑顔の彼女がそこに立っているような気がした。
「キャバクラ。今まで、入ったこと無いけど高いのかな?」
頭上の看板と同じデザインの料金表示盤には、1時間1人4千円で飲み放題となっている。
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