序章

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空には暗雲が垂れ籠(こ)み、今にも雨が降りそうだ。 風も憤るように激しく吹き荒れて、遠くに聳(そび)える山々の木々や、地に広がる草々をガサガサと騒がしく揺らしている。 その地に、二つの人影があった。 一人は、白く細い肢体を、白い衣と赤い袴に身を包んでいる。 背丈は一丈(170cm)はあるが、胸の膨らみから女性であり、着ている物から、巫女かもしれないという事が分かる。 美しい漆黒の長い髪、白い肌に赤く咲いた小さな花のような唇。 黒曜石のような大きな瞳に、それを縁取る長い睫(まつげ)を持つ、美しい巫女だ。 もう一人は、無造作に伸ばされた黒髪が、適当な長さで切られているものの丁寧に均衡が取れ、黒髪特有の硬さのおかげで癖のない綺麗な線が保たれている。 そして、スッと通った鼻梁を持つ、美しく端正な顔。 背丈は巫女より頭一つ分程高く、肩幅や、巫女よりも大きく、節榑(ふしくれ)立った手から、男だと分かる。 その身を包むのは、白い、狩衣と呼ばれる、前の袖だけ両脇が開き、縫い合わせていなく、袖口に袖括(くくり)の紐があるのが特徴な、男性が普段着として着る服だ。 下は、指貫(さしぬき)と呼ばれる袴の一種で、裾の周りに通した紐を絞って、踝(くるぶし)の上などで括る物を身に着けている。 男は、巫女を横抱きに、離さないとばかりに、強く抱きしめていた。 泣くのを堪えるように、眉間に皺を寄せ、黒い瞳を潤ませ、唇をきつく結んでいる。 巫女も瞳を潤ませ、涙で視界がぼやけながらも、男を愛おしそうに見ていた。 瞬きをすると、巫女の頬を涙が濡らした。 巫女がゆっくりと上げた手を、男は強く握った。 巫女はもう男の手を握り返す力はなく、死の直前だった。 それでも、男に伝えたい事があるのか、最期の力を振り絞って、口を開いた。
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