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ナイフが空を切る音が聞こえる。
「──しゅっ」
逆手に持ち直したナイフで、正面からの二本のナイフを弾き。左手で、真横からのナイフを掴み取る。
「ちっ──」
流石に無傷で防御できるほど甘くは無い。左手の痛みに顔をしかめながら、俺は右手のナイフを真横に投げる。
……当たらない。そこには、誰も居ない。
「本当に、気配すらないとは……しかも最後のナイフ。殺気どころか、視覚からも死角。……なるほど。『存在しないもの(アブセント)』の名は伊達じゃねぇな」
掴み取ったナイフを右手に持ち替えながら、俺は呟く。
「貴方もですよ……あの一撃を避けるだなんて人間技じゃない。しかも、また左手。……普通、怪我への追撃は避けるものですが」
「こっちが楽なんだよ。どうせ左手はおじゃんだし、傷も増えないしな。能力柄、死の匂いには敏感でね。感じてるのは、『殺気』じゃなくて『死期』なんだ。だから、気配が無くても……っ」
へばりつくように地に伏せる。
真上を三本のナイフが飛ぶ。
「避けれるってことだ」
立ち上がりながら、見えない相手に口元を歪める。
……足、がくがくだけど。
「あー。……運動不足がたたるなぁ……」
さっさと突破口を見つけなければ、俺の体力が尽きる。
……だが、
「……ふん。ここまで耐えられたのは、貴方だけですよ。伊豆玖さん」
「ジンで良い。後輩くん」
「ブラスです。ブラス=ダガー」
そうだったなと口にして、俺は一度息を吐くと、ナイフを構えなおした。
「弾切れか?じゃあそろそろ……一発勝負ってとこだな」
「…………」
言葉は無い。どうやら図星のようだ。
「ふん。いいぜ、来いよ。アブセント。俺は逃げも隠れもしない」
震える足に力を入れて、俺は向かえるように両手を広げる。
この時を待っていた。
次の奴の行動は、恐らく、近接による一撃。危険は高まるが、俺の能力は奴を確認できなければ使用できない。ならば、奴が接近するときを、待つしかない。
俺の場合、眼を合わせれば終わるのだから、俺がすべきはひとつだけ。
つまり、殺気も何も無い奴の一撃を止める。
「……何が『一撃必殺』だ」
思わず、自嘲する。これではむしろ、ブラスの方がその名を名乗るにふさわしい。
俺は、これじゃあただの『背水の』ジンだ。
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