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鏡を覗き込む。
そこには、当然ながら、鏡を覗き込んだ自分自身の姿が映し出されている。
綺麗に透き通ったガラスのような、現実離れした美貌。
肩口辺りまで伸びた黒髪は、絹のように艶やかだった。
しかし少女は、己の姿など見てはいない。
彼女が“視て”いるのは、その中に在る、無数の物語。
一点の光すら射し込まない、狭くて小さい、しかし何処までも続いている、暗闇の部屋。
その部屋の中央に置かれた、古めかしい等身大の鏡。
少女はそこで、鏡に顔がくっつきそうなくらい、その美貌を近付けながら。
食い入るようにして、それの“中身”を、身じろぎもせずただ無言で見詰め続ける。
鏡には、やはり少女の美しい顔しか映ってはいない。
しかし、少女には“視えて”いるのだ。
自身が今まで集め続けてきた、様々な物語が、鮮明に。
「……………」
静寂に支配された空間。
しかし、やがて唐突に。
その空虚な闇の中に、一つの気配が現れた。
「あー! ドコに行ったのかと思ったら、ゆかなってば、またそんなの視てるー!!」
虚無の空間に響き渡る、幼い少女の声。
ぺたぺたと足音を立てながら、その声の主が姿を現す。
臙脂色の着物を身に纏った、おかっぱの少女。
外見で判断するならば、五~六歳だろうか?
鏡に見入る少女よりも、遥かに幼く見える。
自身の名を呼ばれたことに気がついたのか。
突然現れた気配に、しかし彼女は驚く事もなく。
少女――――夢叶(ゆかな)は、静かな動作で振り返った。
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