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「ふふ……まぁでも、アナタの言うことにも一理あるわね。 どんなに綺麗で、そして汚くても、思い出は所詮思い出。 直接この目を通して見るリアルには劣るもの」
言って、夢叶は鏡を見やる。
憎悪、憂鬱、色欲、葛藤、不快、殺意、怠惰、悲哀、憤怒、恐喝、略奪、絶望、冒涜、誘拐、自殺、破壊、輪姦、呪詛、怨念、悲劇―――――。
鏡の中には、そう言ったモノたちが。
人間の願望(のぞみ)の過程と結末によって産み出された、様々な感情や行為が。
ごわごわと、無数に蠢いている。
もしも常人が“視れば”、瞬く間に精神崩壊を起こしているだろう。
そんな中身を“視る”ことから、この少女は愉悦と快楽を得ているのだった。
鏡の中にあるそれらを思い浮かべながら、夢叶は静かに、透明な笑みを浮かべる。
「そうね………それじゃ、そろそろ行きましょうか、霙。 人間たちの愚かな願望と、その物語を捜しに」
小柄な身体を、姿勢良くすっと伸ばし、暗闇へ向かって歩き出す夢叶。
その背中を、霙は着物の裾を翻し、慌てて追いかける。
「も、もう…! ゆかなってば、決めたら直ぐに実行するんだから…」
文句をぼやきつつも、また“現実世界”へ出られる事に、霙は密かに心を弾ませる。
夢叶は、そんな幼い少女を横目に見ながら、そっと愉快げに微笑み――――――
「だって、やっぱり愉しいんだもの。 鏡の思い出も良いけれど、それ以上に素敵だわ……現(うつつ)の、人間の願望は、ね…」
次の瞬間には、まるで幻であったかのように、その空間から姿を消していた。
再び訪れた、静寂の闇。
等身大の鏡が、誰もいなくなったその深い暗闇を、静かに映し出していた………。
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