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彼女の目が、いつか見えなくなるのは知っていた。
―――ハズなのに
「………っ!そんな……」
淡々と機械的な彼女の言葉だけが、満月の夜に響いていく。鈴虫の音も、風の音も、聴こえない。
「太陽が出ているうちは、ぼんやりとは見えるのよ。でも暗いとね、何も見えないの。あなたがせっかく、連れてきてくれたのに……ごめんなさい」
謝らないで。
「いや……俺がもっと早くキミをここへ連れてくれば……」
慰めにもならない、安っぽい言葉。けれど、それでも……この幻想的な景色を見ることができたかもしれないのに。
洸鐘花。その稀少さ故(ユエ)に、一時は幻とさえ謳(ウタ)われた神秘の花。その多くが保護と称した狭いプランターの中にあるなか、野生の洸鐘花がどれほど価値あるものなのか―――。
「…………どうせ………どうせ見えなくなるなら、最初から見えなければよかったのに!」
彼女は叫んだ。
震える声を隠そうとするように。聞いてるこっちが、痛くなるような、悲痛な心の叫び。
暗闇に取り残されていく
悲しみを
見えなくなる
怖さを
ひとりになる
苦しみを
愛しい者が写らなくなる
痛みを
―――知らずに済んだのに
「本当に、そう思ってる?」
しゃがみこんだ彼女の前に座って、彼は問うた。
「だって…………っ!」
「最初から見えなければ、綺麗な景色に出会えなかった!太陽の光に出会えなかった!それに――…………」
――キミの目に、俺が映ることはなかったんだ
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