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遠くに
祭りばやしを聴きながら
初夏の夜は少し肌寒いからと着せられた着物を数枚脱いで、いつもの白い寝着になる。
着物数枚分の重さだけ軽くなった体を縁側に向けると、煙の匂いがかすかに流れていた。
脚を外に投げ出して、庇(ヒサシ)に座る。
今日の夜がこんなに明るいのは、月だけのせいじゃない。
「……………まつり、か」
遠くから、太鼓の音がする。笛の音がする。
手燭(テショク)を持って庭に降りようとしたが、体が思うように動かないので止めた。
元服しても、やはり皆のようにはなれなかった。成人男性とは思えないほど白く細い、骨と皮だけのような腕。女にすら力で勝てない、貧弱極まりない自分の体。
「いいなぁ………」
望むものは全て屋敷の外にあるものばかりで、けれど自分で手に入れられないものばかりだった。
屋敷には従人(タダビト)が一生かかっても手に入れられない、高価な品々がごろごろあった。
けれどそれは。
――全て金で買える
そんなものは必要ない。
お金で買えない、そう、例えば『友達』だったり『丈夫な体』だったり『力』だったり……。
――いくら手を伸ばしたところで、どうにかなるものじゃないのにな
「若様……っ!」
縁側に脚が出ているので気になったのだろう、女中の一人が慌てて駆け寄ってきた。
「夜風はお体に触ります、寝間にお戻り下さい」
それは嫌だ。
寝間は外の音が聴こえない。
「………もう少しだけ」
いつもなら大人しく寝間に戻る若が珍しく反論したので、女中はとにかく、脱ぎ捨てられた着物を若に羽織るよう言った。
「少しだけですよ」
「……わかってる」
二人は何も話さず、祭りばやしにしばし耳を傾けた。
池にいるのか、蛙(カワズ)がすぐ近くで鳴いている。
「……お前は、祭りに行ったことはあるか?」
きっと華やかなのだろう。いつもより少し良い布で仕立てた浴衣に袖を通し、時間も忘れて店から店へと歩き回って……。 どんなに願おうと、蚊帳(カヤ)の外から眺めることすら叶わない。
――そんな現実
「はい。幼い頃に」
「なら、少し話を聞かせておくれ。お前が思ったこと、感じたこと、何でもいい」
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