はじまり

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サンドラーナはとうとうこの日が来てしまったのだと思った。 「たっ、助けて…!」 自分の足に縋りつく男を見下ろしながら、ゆっくりと首を振る。もう手遅れなのだ。 苦痛と恐怖に苛まれた男は、己の中で暴れまわる力を感じながら、最後の望みであるサンドラーナに縋る。 体が熱い。焼ける様に熱いのだ。血は煮え滾り、つま先から頭の先まで駆け回る。呼吸は吸えているのか、或いは吸い過ぎなのか肺から嫌な音がする。視界はぼやけ、もう自分を見下ろすサンドラーナさえおぼろ気だ。 自分の死が近づいている。それは誰に言われなくても自分自身が一番知っていた。しかし…… 「死に…たくな…い!」 死にたくないのだ。まだ40歳にも手が届かない。結婚も出来なかった。家族と最後に会ったのも20年も前だ。自分の人生に未練しか残らない。 それもこれも、この『聖刻』のせい。この聖なる刻印が自分にあったせいだ! 男はサンドラーナの足を掴む自分の右手を見た。ぼやけた視界の中でも『聖刻』だけは鮮やかに映った。 それは生き物の様に蠢き、かつての鮮やか赤ではなく、赤黒く今にも自分を蝕してしまいそうだ。 いや、実際それは手の甲に収まらず少しずつ腕へと伸びている。絡まる蔦の様な模様を描きながら。 「くぅっ!!!」 男の体に激痛が走る。 痛い。手が、腕が…… 蠢く『聖刻』はとうとう宿主である男を蝕してしまうらしい。 サンドラーナは20年以上共に過ごした男に 「ごめんなさい…… 私に力がありさえすれば……」 胸の奥が鋭く痛む。自分は無力なのだ。精霊の巫女である自分は『聖刻』に精霊を宿す事は出来ても、外す事は出来ない。 そしてその方法は誰も知らない。 男の顔に絶望が浮ぶ。
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