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「薫。お願い。聞いて」
恵は薫の手を握り、そっと自分の膝に置く。少し強めに握られた手は熱く、痛みさえ感じた。
「……あの日。私が来て、あんたが着替えを用意するため部屋を出ていた時あったでしょ?」
声を震わせながらゆっくりと話し出す。
「剣さん、目を覚ましたの。少しね。で、私が声を掛けようと顔を覗き込んだら――剣さん、名前を呼んだのよ」
「誰?」
「左之助の名前。私でもあなたでもない、あいつの、名前」
「う、嘘?そんなの……ただ偶然……」
薫は信じられないように頭を振り、藍色のリボンが合わせて揺れる。
恵の目がうっすら潤んだ。
薫の手を握ったまま馬車の窓に寄りかかる。通り過ぎる景色は桜並木。だがその瞳には何も映らなかった。
「またフラレたわ。綺麗な女が二人も、こんなにも側に居て、――なのに男のあいつなんかに取られるなんてね」
「恵さん……」
「剣さんが誰よりも側にと望んだ、左之助を置いてくるのがいいと思ったのよ」
恵の手にポツリと、雫が落ちる。それは薫の手にも伝わってきた。
暖かくて、何故か哀しい雫。
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