《第二章 ~euenemia》

8/9
前へ
/27ページ
次へ
 薫はただ黙ったまま、馬車が抜けていく東京の街を眺めていた。 「そう。左之助が、ねぇ……。なんか悔しいな」  ボソリと呟く。 「本当にね。あの日はあんたが来るまで辛かったのよ」 「今頃、何してんだろう」 「ちゃんとお薬のんでるかしら。心配よ」 「恵さん…」  恵は強く握ったままの手に気付き、ごめんねと手をほどく。 「薫……また今回もよ」 「え?何が」 「また聞きそびれたわ。剣さんの“さよなら”をよ」  薫は、恵の青ざめた顔を覗き込む。 「……さよならって……そんな、縁起でもないこと!」 「判るのよ。医者だから。――ごめんなさい。巻き込んじゃって」 「えっ?」 「今度はあんたも聞けないわね。剣さんのサヨナ…」「止めて!!お願い!恵さん!」  薫は恵の言葉を遮るように叫ぶ。そして耳を塞ぎ、恵を睨みつけた。 「ごめんなさい。……怒ってるの?」 「……――」 「か、おる?」  薫はそのまま倒れ込むように膝に顔を埋めた。  泣いているのか、その肩がひくひくと動く。大粒の涙で濡れた着物はじんわりと染みが広がっていった。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

100人が本棚に入れています
本棚に追加