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薫はただ黙ったまま、馬車が抜けていく東京の街を眺めていた。
「そう。左之助が、ねぇ……。なんか悔しいな」
ボソリと呟く。
「本当にね。あの日はあんたが来るまで辛かったのよ」
「今頃、何してんだろう」
「ちゃんとお薬のんでるかしら。心配よ」
「恵さん…」
恵は強く握ったままの手に気付き、ごめんねと手をほどく。
「薫……また今回もよ」
「え?何が」
「また聞きそびれたわ。剣さんの“さよなら”をよ」
薫は、恵の青ざめた顔を覗き込む。
「……さよならって……そんな、縁起でもないこと!」
「判るのよ。医者だから。――ごめんなさい。巻き込んじゃって」
「えっ?」
「今度はあんたも聞けないわね。剣さんのサヨナ…」「止めて!!お願い!恵さん!」
薫は恵の言葉を遮るように叫ぶ。そして耳を塞ぎ、恵を睨みつけた。
「ごめんなさい。……怒ってるの?」
「……――」
「か、おる?」
薫はそのまま倒れ込むように膝に顔を埋めた。
泣いているのか、その肩がひくひくと動く。大粒の涙で濡れた着物はじんわりと染みが広がっていった。
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