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「ふぅ」
彼は、部屋の中で溜息を吐いた。窓からの世界にも、いい加減飽(あ)いてきている自分を感じる。
(いい加減、外に出たいですね)
窓越しではなく、自分の目で《世界》を見たいのだ。自分だけではなく、《相方》もそう言って――実際に喋りはしないのだが――いる。
「白嵐(バイラン)殿」
と、唐突な打扉(ノック)の音で少年は束の間の現実逃避から意識を引き戻した。
「何ですか」
礼儀的な冷ややかさを伴う白嵐の声に動じることなく――単に馴れだろう――、来訪者は目的を告げる。
「大徳(タートォ)様が知恵をお借りしたいと」
「……わかりました、書簡を」
扉越しに渡される書簡。書簡一つがやっと通るほどの隙間を通してこちら側に入ってきたそれを手にした白嵐は、気付かれないように溜息を吐いた。
(愚かな)
完全に名前負けしている地方領主を内心で罵って、中を開く。予想通りの愚にもつかぬ《お伺い》を放り投げそうになりながらも扉の向こうに声を返した。
「疲れているので、明日返答を。向こうが渋るようならば次はないと伝えて下さい」
「心得ました」
遠ざかる足音を聞きながら、白嵐は小さく囁(ささや)いた。
「そろそろ潮時かもしれませんね、天馬(ティエンマ)」
白嵐が振り向いた視線の先には何者の姿もなく、ただ《何か》の気配と微かな息遣いが感じられるだけだった。
「お待ち下さい!」
「白嵐殿!!」
制止の声を聞くこともなく、白嵐は一心不乱に走った。
――ずっと、待っていたのだ。時が満ちるのを。
「僕は、……っ、絶対に――」
吐息の合間に紡がれるのは、断固とした意志。しかし知識だけの乗馬による逃走には限界があって。
迫る追跡者の気配が次第に多く濃厚になっていくのを、白嵐は背中に強く感じていた。
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