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さすがに目を疑った。
そこまで天が味方してくれる筈もない。同じ特徴の人間くらいいくらでもいる――だが、懐中時計に向けて話しかける人間が、世の中にどれくらいいるだろう?
頭の中に叩き込んだ情報を反芻し、目の前の情報と照合する。
そして雑音の中、少年の呟きが一瞬だけ耳に入る。
『……テイン・グリモワール……グリモワール・テイン……』
その名――忘れるわけもない。
何故そんな発音練習をしているのかはわからなかったがそんなことはどうでもいい。
だが、もしこのチャンスを逃せば、彼らを見失うかもしれない。荷物は少ないが、彼らは間違いなく旅仕度をしているのだ。
「レイヤ――いくよ」
フレイの言葉に、レイヤも小さく頷く。
焦る気持ちが膨れあがりながら、フレイは彼らに近づいた。
さりげなく、かつ大胆に。
近くにでも座れればいい。
会話の内容さえ聞ければ――
『――ここの席空いてますよ』
――え?
思わず固まる。
促されるままに、フレイ達は彼らと相席する。
平然を装いつつ、心の中は大きく揺れていた。
正体を確かめなくてはならない。だが――おかしな言動をしては、逆に怪しまれてしまう。
とにかくまずは親しくなり、相手をよく知らなくてはなるまい。
まずは、行き先からだ。
「お二人は――」
おかしな言動がないように。
不自然がないように――ただ、それだけを考え、しかし、それが出来ているのかという客観的判断は、この時のフレイにはまったく出来ていなかった。
彼らと同じ街に降り、同じ宿にチェックインし、そして共に昼食をとった時点で、疑惑は確信に変わっていた。
情報ネットワークはまだ全然完成していなかったが、デバイスで“チンピラ”を集めるくらいのことはすぐに出来た。
便利な世の中だと思う一方で、ある種の“呆れ”もフレイは感じていた。
それはともかく、確信を持つには魔法を使わせるのが一番だ。
まずは彼らの部屋に赴き、そこにいることを確認し、足止めをして――後は“レイヤを恙無く誘拐させるだけだ”。
彼らは助けに行ってくれるだろうか?
いや――それでも。
急ぎ過ぎて杜撰な計画かもしれないが、それでもフレイは実行することを決意した。
焦りが、迷いに変わらぬうちに。
「実は今日お祭りがあるんですが――」
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