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昼に起きてからようやく気付いたが、必要な情報が足りていない。
真紀子の夫である慎治の出勤、帰宅の時間帯。慎治の乗る車の車種、ナンバー。
考えてみれば、かなり重要な情報が抜けている。やはり慣れない仕事はよくない。
真紀子に連絡を取って聞き直す事も出来るが、そこは信頼と実績の二宮探偵事務所のプライドが許さなかった。
慎治の会社まではバイクで三十分ほどだ。
一般的な仕事終わりの時間を想定して、四時にバイクを回してくるよう、理緒に電話をした。
授業はあるが、抜けてくるという。やけに楽しみにしているような声が響くのを最後に、電話は切れた。
四時までは暇だった。
憂鬱になりそうなほどドロドロした昼下がりのドラマを見ながら、煙草を吸う。
それが終わると今度は、無駄に美男子揃いな男子校に通う、一人の女の子を描いたドラマの再放送。
本当に無益な時間の使い方をしながら、四時を待った。
時間の感覚も失うほど呆然としながら煙草を吸っていたら、外からCB400SFのエンジン音が響いてきた。
壁のアンティークの時計を見ると、もう四時だった。世界中で一番非生産的な時間を過ごしたかもしれない。
きっちり事務所のドアに鍵をかけて下に降りた。もう一度この階段を上りたくはない。
「何よその薄着。バイク舐めすぎ。凍死するわよ。着替えてきなさい」
かなりの重装備でバイクに跨る理緒から、結局もう一度階段を上るように言い渡される。
いつものジャケットの上に重ねたコートだけでは足りないらしい。
寝室に戻って、ジャケットの下に二枚ほど着込み、更に最後にいつ使ったともしれないマフラーと手袋を持って下に降りた。
「少しはマシになったわね。じゃあ、行こうか」
理緒の手から頼りないヘルメットを渡される。それを被って後部座席に跨った。
「で、どこ行くんだっけ?」
「田口慎治の会社だろ」
「それがどこかって聞いてるのよ」
「ちゃんと真紀子さんに書いて貰って……」
あのルーズリーフはテーブルの上だ。なければ細かい住所がわからない。それに慎治の写真もだ。
事務所への階段をもう一往復する事になった。
階段を上って、下りる。
荒い息を吐きながらバイクの後部座席に乗る。
息を整える暇もなく、理緒の駆るバイクは急発進して、車の流れに乗っていった。
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