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二号線を東へ駆ける。
寒い。
やはり冬のバイクは侮れない。
「どれくらいで着くんだ?」
「三十分よ」
「凍え死ぬ」
「死んだらいいのよ」
さらりととんでもない事を言う。
しかし本当に寒い。
風の当たる耳が千切れてしまうかと思うほど痛い。理緒のフルフェイスヘルメットが羨ましい。
CB400SFは二号線を左折して山の方に入っていく。
その内、ゆっくりとバイクが減速していった。
「ちょうど三十分ね」
どうやら着いたらしい。とても三十分で着いたとは思えない。
慎治の勤める会社は、二階建ての広い建物だった。
看板を見ると、製薬会社の研究所らしい。
現在の時刻は四時四十分。五時に仕事が終わると仮定しても、まだ時間がある。
しかし研究所がきっちり五時で仕事を終えるのか。甚だ疑問ではある。
辺りを見回すと、ちょうど道の反対側に、小さな喫茶店を見つけた。
あそこなら時間も潰せるし、暖もとれそうだ。
「理緒、あそこに入ろう」
喫茶店を指差しながら、理緒にその意思を伝えた。
「あそこに入ったら、田口さんの旦那さんが出て来た時、すぐに追えないじゃないの」
「理緒は何にもわかっちゃいない」
「は?」
とにかく喫茶店に入りたい。
「俺達は決して相手に悟られてはいけないんだ。こんな会社の目の前にいたら、目立って仕方ない」
「それはそうだけど」
「それだけじゃない。俺達はバイクだ。バイクというのは、車より台数が少ない分、目立つ。だからすぐに後ろを尾行しようものなら、バレる可能性がある」
どちらももっともらしい事が言えた気がする。
「もう。わかったわよ。喫茶店に入ればいいんでしょう」
「それが最善だと思った」
「素直に体をあっためたいって言えばいいじゃない」
「誰がそんな……」
圭が言い切る前に、バイクが再び走り出した。道を横断して、喫茶店の駐車場に入っていく。
理緒がバイクのエンジンを切り、ヘルメットを脱いだ。
「圭さんのおごりだからね」
「仕方ないな」
頼りないヘルメットを片手に抱えたまま、肩を竦めてみせた。
喫茶店の中。天国だった。とにかく暖かい。
「窓際に座ろう」
「当たり前よ」
理緒と共に、窓際の席に向かう。
「あの……」
その途中、申し訳なさそうにウエイトレスが話かけてくる。
「五時で閉店ですけどよろしいですか?」
危うくその場で崩れ落ちる所だった。
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