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五時までは喫茶店で暖を取った。
失われていた手足の感覚が戻って、少し楽になった。
喫茶店の駐車場の目立たない場所から、慎治の会社を眺める。
少しずつ車が出て来ている所を見ると、定時は五時のようだ。仕事は研究でも、サラリーマンという事だ。
持ってきた写真に視線を落とす。
太陽を照り返す美しい海を背景に、笑顔の真紀子と慎治が写っている。
一体いつの写真なのだろうか。真紀子も少し若いように見える。
「もしかして、見逃したんじゃない?」
理緒が心配そうに尋ねてきた。
「大丈夫。目には自信がある」
昔の仕事の名残と言っていいかもしれない。一度写真で見た人物なら、遠くからでも充分判別出来る。
「何なのその自信」
「いろいろあるんだ」
「ふーん」
理緒が気のなさそうな返事をする。辺りはもう暗い。
少しずつ、暖まっていた体が冷えていくのを感じた。さっさと出て来て欲しい。
ちょうどその時、一台、銀色のセダンが研究所の駐車場から出て来た。
運転席。目を凝らす。
間違いない。慎治だ。
「行くぞ」
「え? あれなの?」
「早く。見失うと、明日もこの寒さの中立ってないといけない」
二人で素早くバイクに乗り込んだ。すぐに喫茶店の駐車場を出て、慎治の車が走り去った方角に向け、バイクが走り出した。
百メートルほど離れた所に慎治の車が見える。ちょうど交差点の信号で停止している。
自宅へ帰るなら、そこを左折するはずだ。
「あんまり近づくなよ。バイクが目立つのは本当だ」
「了解」
慎治の車から車二台挟んだ後ろに、理緒がバイクを停止させた。
信号が青になる。
慎治の車が左折するべき交差点を直進していく。
今日一日で調査を終えられそうだ。
少し大きな道に出た。そこを真っ直ぐに、慎治の車が駆け抜けていく。
このままこの道を行けば、町の中心地に向かう事になる。浮気の現場として自然な場所だ。
何台か車を間に置いて、慎重に追った。不思議な事に、あまり寒さを感じない。
もう少しで中心地という所で慎治の車が急に左折した。少し細い道に入る。
浮気現場にしては、少しおかしい。ここで待ち合わせをしているのかもしれない。
細い道に入ったせいで、間にいた車がいなくなった。
「ライト消せないか? 一つ目のバイクのライトは目立つ」
「ちょっとキツい。路面が悪いの」
ここは近付きすぎないよう気をつけるしかない。
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