尾行

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しばらく細い道を走る。 町の中心地に近いので、雑居ビル等が立ち並んでいる。人通りはそこそこだ。 慎治の車から五十メートル後方を走る。 「浮気現場にしてはおかしな場所ね」 理緒がくぐもった声で呟いた。少し寂れたオフィス街という感じで、浮気現場に相応しい歓楽街とはほど遠い。 「あっ。駐車場に入ったわ」 慎治の車が立体駐車場らしき建物に入っていった。いよいよ何が目的かわからなくなってくる。 「左に寄せて停めてくれ」 「了解」 バイクが減速して、静かに左に寄ってから、止まる。 「どうするの?」 「とりあえず慎治が出て来るまで待つ。歩きか車か、まだわからない」 バイクのエンジンをかけたまま、歩道の脇に待機する。 二分ほどで、慎治が出て来た。歩きだ。 圭は後部座席から降りた。 「理緒はいつでもバイクを出せるように待機しててくれ。またすぐ車を使うかもしれない」 「つまんないね」 「仕事を何だと思ってるんだ。何かあったら連絡する」 「はいはい」 バイクに跨る理緒を残して、雑踏の中を歩いていく慎治の方へ向かう。 懐かしい感じがする。昔の仕事で、徹底的に尾行の訓練をした。 いかに見失わず、いかに気づかれないか。そのために何か月にも渡って訓練を施された。 徒歩で尾行する時は、左の後方を歩く。そこが心理的にも死角になりやすく、気付かれにくい。 慎治はビジネス用の少し大きなバッグを右手から下げて、辺りを警戒する様子もなく歩いている。 付かず離れず、慎治を尾行する。 慎治が通りから一本脇道に入った。尾行に気づいているはずはないし、目的地がそちらにあるのだろう。 脇道の入り口から、自然な形で脇道を覗き見た。細い路地で、歩いているのは慎治だけだ。 路地には店もなく、少し薄汚れたビルが立ち並んでいる。一体どこに向かっているのか。 慎治が立ち並ぶビルの一つに入っていく。すぐにそのビルを見上げるが、明かりは消えている。 慎治が入っていったビルを、前の路地を通り過ぎながら覗き込んだ。 慎治がいる。 入ってすぐの場所にあるエレベーターに乗ろうとしているようだ。 一度通り過ぎて、すぐに戻る。 エレベーターの前から慎治が消えた。エレベーターに乗ったようだ。 ビルの中に入って、エレベーターの階数表示を見上げる。 地下二階を示したきり、表示は動かなくなった。地下二階に、一体何があるのか。
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