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一週間経っても、依頼は入ってこなかった。
それはそうだ。
元々、月に一度や二度しか依頼は受けない。それも殆どは、お人好しな頼久が持ってくる話ばかりだ。
その肝心な頼久が話を持ってこない。日本も平和になりつつあるのかもしれない。
いつものソファーに寝転がった。とりあえず煙草を吸い、その後は何を考えるでもなく、中空を見つめていた。
冬とは言え、昼下がりの陽気が心地良く、少しずつ瞼が重くなる。
別にその欲求に逆らう必要もない。圭はそのまま目を閉じて、眠りの世界に入っていった。
「……てるのよ」
理緒の声が遠くから聞こえる。
「何してんのって言ってるのよ!」
今度ははっきりと、近くで聞こえた。それと同時に、体に痛みを感じた。
どうやら蹴飛ばされたらしい。それでようやく、瞼が開いた。
ぼやけた視界の中に、理緒がいる。
「何寝てるのよ。お客さん来てるよ」
「客? 頼久なら待たせとけ。眠い」
「違うわよ。普通のお客さんよ」
普通のお客さんというのもおかしな表現だ。
体を起こして部屋を見回してみる。部屋の中には理緒以外、他の人間はいない。
「どこに?」
目を擦りながら、理緒に尋ねる。
「待合室で待ってるのよ。ノックしても声かけても出てこないから、ずっと待ってたらしいわ」
苦節五年、ようやく待合室が使われたようだ。
「ほら、さっさと起きる。顔洗うの」
殆ど引っ張られるようにして、洗面所まで連れて行かれた。
「あたし呼んでくるから、まともな顔で出てきなさいよ」
理緒が洗面所から出ていく。
鏡に映った自分の顔。確かにまともではない。どこから見ても、先ほどまで寝ていたのは明らかだ。
冷たい水を顔に何度も浴びせる。ようやく目が覚めてきた。
洗面所から出ると、既に客がソファーに座らされていた。後ろ姿しか見えないが、女性のようだ。
いつものソファーに向かって、出来るだけ背筋を伸ばして歩く。
圭が近付くのに気付いたのか、客が立ち上がり、こちらを向いた。
三十代くらいだろうか。切れ長の目と、真っ直ぐに通った鼻筋が印象的だ。少し地味な服を着ていて、真面目な主婦という感じを受ける。
「はじめまして。田口真紀子(タグチマキコ)と申します」
そう言って、深々と丁寧に頭を下げてきた。
「こちらこそはじめまして。二宮圭と申します」
可能な限り真面目な表情と声で、圭は返した。
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