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指定席に腰を下ろした。真紀子がソファーから立ち上がったまま、こちらを見ている。
「どうぞ、お掛けになって下さい」
「はい。失礼します」
上品な動きで、真紀子がソファーに座る。
「粗茶ですが」
理緒がキッチンから緑茶とアイスティーを運んできた。
アイスティーを圭の前に置きながら、目で何かを伝えてくる。
必ず依頼を受けろ。そう言っているのだろう。
真紀子が俯いたまま、話を始めようとしない。仕方なく、圭から切り出した。
「それで、今日はどういったご用件でこちらに?」
真紀子が顔を上げ、小さなため息をつく。
「あの、夫の事なのですが」
それだけ呟くように、真紀子が言った。今にも消え入りそうな声。
「遠慮なさらずに。大丈夫です。依頼人の秘密は守ります。それとも、この助手が邪魔ですか?」
「いえ、大丈夫です。少し、落ち着かせて下さい」
そう言ったっきり、真紀子は再び俯いた。顔を上げようとしない。
理緒は寝室に入っていった。いない方がいいと思ったのだろう。
一分ほど、空白の時間が流れる。アイスティーを飲みながら、真紀子が話を始めるのを待った。
真紀子が顔を上げる。改めて顔を見ると、疲労の色が濃い気がする。
「夫の事なのですが、週に三回から四回、帰ってくるのが遅いのです。朝方や、場合によっては帰ってこない日もあります」
どうやら浮気調査らしい。
「それだけならまだしも、今まで地道に貯めてきたお金を勝手に引き出して、派手に使っています」
おまけに貢いでいるようだ。どこの魔性の女に引っかかったのか。
「なるほど、ご主人がどこに行っているか、何にお金を使っているのか、調べて欲しいと」
「はい。多分、浮気だと思うのです。スーツに香水の匂いがついていたりしますから」
言われなくても、浮気だと想像つく。他の可能性も無い訳ではないが。
「ご主人のお仕事は?」
「製薬会社に勤めています」
真紀子が、会社名を口にした。誰もが知る、有名な製薬会社だ。
「ご主人のお名前は? 後は、写真などはありますか」
「夫の名前は慎治といいます。写真は、これです」
真紀子がバッグから一枚の写真を取り出した。旅行か何かの時の写真のようだ。
海を背景に、真紀子と夫らしき人物が満面の笑みで写っていた。
写真の真紀子は、今目の前にいる真紀子と違い、明るく、楽しそうに見えた。
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