喪失

7/8
前へ
/240ページ
次へ
「この写真は借りておいても?」 「ええ、結構です」 真紀子が小さく頷く。 さて、他に何を聞けばいいのか。 五年も私立探偵をやっていておかしな話だが、今まで浮気調査などした事がない。 必死に思考を巡らせて、必要な情報を考えた。 「いつ頃から、ご主人はそういう風に?」 「今年の四月くらいからですね。最初は週に一日程度、帰りが遅かったのですが」 今では週に三日から四日。確実にエスカレートしている。 「その、ご主人が使ったお金の額はどれくらいですか?」 「大体、五百万ほどです」 「五百万」 思わず口に出して呟いていた。 春からなら、一年もない期間で五百万を使い込んだ事になる。一体何を貢いでいるのか。 「大体の事情はわかりました。後は、ご主人の会社の住所と、真紀子さんのお宅の住所。それから、真紀子さんの携帯電話の番号をお聞きしても大丈夫ですか?」 「はい。口頭で言えばよろしいですか?」 さすがに口頭で聞いても覚えられそうにない。 「おい。理緒君」 寝室に向けて声を上げた。少しして、理緒が寝室から出てきた。 「はい、先生。いかがなさいました」 先生とはまた。弁護士か何かになった気分。 「紙とペンを用意してくれたまえ」 「かしこまりました」 理緒が再び寝室に入って、手にペンと紙を持ってきた。それをテーブルの上に置いた。 ペンは普通の黒ボールペンなのだが、紙がぺらぺらのルーズリーフだ。これが一番まともな紙だったのだろう。 「すまないね、理緒君」 皮肉を込めて理緒にねぎらいの言葉をかける。 「はい。それでは、失礼します」 用意のないあんたが悪いと言わんばかりの理緒の表情。理緒は再び寝室に入っていった。 真紀子が黒ボールペンを手に持ち、固まっている。 「あの、この紙に書くのですか」 「ええ。何か?」 「いえ」 納得したようには見えなかったが、真紀子が黒ボールペンを走らせ始めた。 しばらくして、書き終わる。ルーズリーフを受け取り、一通り目を通す。 「会社まではどうやってご出勤なさっているのですか?」 「車です」 足がいる。 自分の車は未だに放置している。仁を使うわけにもいかないし、理緒のバイクの出番なようだ。 この寒さの中バイクに乗る事を想像して、圭は小さくため息をついた。
/240ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1360人が本棚に入れています
本棚に追加