喪失

8/8
前へ
/240ページ
次へ
「あの……」 ルーズリーフを眺めていると、真紀子が顔を覗きこむようにして、声をかけてきた。 「調査、引き受けて頂けるのでしょうか?」 結果は真紀子が来る前から決まっていたと言っていい。 「勿論です。信頼と実績の二宮探偵事務所にお任せ下さい」 信頼と実績。 我ながらよくもこんな言葉が出てくるものだ。 「その、お金の方は……」 真紀子の不安そうな声が響いた。 すっかり忘れていた。 一体浮気調査とはどれほどの金額を取るのだろうか。相場が全くわからない。 「調査にどれほどの期間かかるか、まだわかりませんので。ただ、他の探偵事務所よりも数段安いのは確かです」 元々金を取ってどうこうしようという気はない。 バイクのガソリン代と、運転手である理緒へのお小遣いが出れば十分だと言える。 「わかりました。それでは、こちらでお願いしたいと思います」 真紀子が深々と頭を下げる。 どこからどう見ても、よくできた、いい奥さんに見える。 「はい。早速、明日から調査に入りたいと思います。ちなみに明日、ご主人の予定は?」 「仕事です。土日でもあの人は働いています」 真紀子の目に暗い光が宿った。いろいろと事情があるらしい。 「わかりました。それでは明日から調査を致しますので、調査終了までよろしくお願いします」 「こちらこそ、お願いします」 また真紀子が深々と礼をした。圭も思わず、深く頭を下げた。 「理緒君」 寝室に向かって声をあげる。すぐに理緒が出てきた。 「はい、先生」 「田口様のお見送りを」 「かしこまりました」 理緒に連れられて、真紀子が出口へ向かった。最後にもう一度深く頭を下げて、真紀子は帰っていった。 「礼儀正しい人ね」 理緒がテーブルの上を片付けながら言う。 「確かに」 「あんないい奥さんを裏切る男が信じられないわ」 「聞いてたのか」 「圭さんが断るといけないからね。一応」 寝室から聞き耳を立てていたようだ。 「盗み聞きとは悪趣味だな」 「バカ言ってると、バイク乗せないわよ」 そう言い残して、理緒がキッチンへ向かう。 最近理緒の手のひらで転がされているような気がする。どう考えても、理緒の方が立場が上だ。 「なあ理緒」 「何?」 キッチンから響く明るい声。 「浮気調査っていくら貰えばいいんだ?」 「さあ。本職の人に聞いてみたら?」 どうやら自分は本職の探偵ではないらしい。
/240ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1360人が本棚に入れています
本棚に追加