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「あの……」
ルーズリーフを眺めていると、真紀子が顔を覗きこむようにして、声をかけてきた。
「調査、引き受けて頂けるのでしょうか?」
結果は真紀子が来る前から決まっていたと言っていい。
「勿論です。信頼と実績の二宮探偵事務所にお任せ下さい」
信頼と実績。
我ながらよくもこんな言葉が出てくるものだ。
「その、お金の方は……」
真紀子の不安そうな声が響いた。
すっかり忘れていた。
一体浮気調査とはどれほどの金額を取るのだろうか。相場が全くわからない。
「調査にどれほどの期間かかるか、まだわかりませんので。ただ、他の探偵事務所よりも数段安いのは確かです」
元々金を取ってどうこうしようという気はない。
バイクのガソリン代と、運転手である理緒へのお小遣いが出れば十分だと言える。
「わかりました。それでは、こちらでお願いしたいと思います」
真紀子が深々と頭を下げる。
どこからどう見ても、よくできた、いい奥さんに見える。
「はい。早速、明日から調査に入りたいと思います。ちなみに明日、ご主人の予定は?」
「仕事です。土日でもあの人は働いています」
真紀子の目に暗い光が宿った。いろいろと事情があるらしい。
「わかりました。それでは明日から調査を致しますので、調査終了までよろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
また真紀子が深々と礼をした。圭も思わず、深く頭を下げた。
「理緒君」
寝室に向かって声をあげる。すぐに理緒が出てきた。
「はい、先生」
「田口様のお見送りを」
「かしこまりました」
理緒に連れられて、真紀子が出口へ向かった。最後にもう一度深く頭を下げて、真紀子は帰っていった。
「礼儀正しい人ね」
理緒がテーブルの上を片付けながら言う。
「確かに」
「あんないい奥さんを裏切る男が信じられないわ」
「聞いてたのか」
「圭さんが断るといけないからね。一応」
寝室から聞き耳を立てていたようだ。
「盗み聞きとは悪趣味だな」
「バカ言ってると、バイク乗せないわよ」
そう言い残して、理緒がキッチンへ向かう。
最近理緒の手のひらで転がされているような気がする。どう考えても、理緒の方が立場が上だ。
「なあ理緒」
「何?」
キッチンから響く明るい声。
「浮気調査っていくら貰えばいいんだ?」
「さあ。本職の人に聞いてみたら?」
どうやら自分は本職の探偵ではないらしい。
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