月明かり

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  夜が明ければ主に珈琲を運び 最後を告げた   「…そうか…馨…これを」   寂しそうに歪めた顔を見て胸が痛んだ 渡された紙は多少分厚い   「…受け取れません」   緩く首を振り 其を拒む   「私の最後の我が侭だ受け取れ、そしてもし気が変わったなら帰って来て欲しい」 「…気が変わったら……」   無意識に答えるとはじめて主が安堵の笑みを浮かべた   「馨…元気で」 「えぇ…主もお元気で」   屋敷を出ると港へと急いだ   夜までに港へ向かわなければいけない   (…祭は今夜だったはず)     途中で主の使いがやって来た 主がくれた物を持って   「バレたか…」 「当然です。馨様…お気持ちは変わりませんか?」 「…ごめん」   こんなに別れを惜しんでくれた人ははじめてだった 背を向けた使いに一言だけ伝言を頼むと一礼をして立ち去る   「ありがとう」   感謝したのは2度目だったけれど もっと早くに主に雇われていたなら… 体も気持まであげられただろう   「…なんだろう?」   最低限の荷物と主からの贈り物を持つと封を切った 歩きながらで申し訳ないと思った   多すぎる報酬だと思った 金額もだったけれど 主からの手紙…   それは甘い言葉でも、引き留める言葉でもなかった   『夜祭の儀式は…』   龍王の祭の詳細だった   そして、最後に身を心配した言葉   「…貴方に…恋をすれば良かった」   誰も居ないはずの道のりで 誰かに責められた気がした   (何を迷い言を…)   苦しくて 苦しくて…   優しさに泣いた        
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