9.風追い

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  「逃げ帰って…だと?」 龍羅は耳を疑った。 「おれから逃げたと言うのか。てめぇの差し金だろうが!!」 蛇骨が逃げたなどと。 あいつがそんなしおらしいたまか!   「これ」 閻魔王が虹色に輝く光にそっと触れた。 身を屈め、優しく宥めた。 「震えずともよい」   ……小賢しい。 閻魔王ともあろうものが。   心の昏い淵に何とも知れないどす黒い思いが渦巻く。 「下らねぇ真似をするな、閻魔王。てめぇが連れ出したんだろう!」 「どのような訳で連れ出したというのだ」 相変わらずゆったりとした閻魔王の受けこたえに、龍羅は苛立ちを爆発させた。 「それを今てめぇに訊いてんだ!!」   龍羅が怒号を上げた途端、すぅっと魂魄が閻魔王に擦り寄り、広袖の中に入り隠れた。 「おぉ大事ない、大事ない」 閻魔王はまるで幼子をあやすように、魂魄が入り込んだ袂をもう一方の手で抱きよせた。 「さ、分かったであろう。このものは恐れ逃げてきたのだ。覚えはないのか、龍羅」   龍羅は殺気立ち、愛刀の柄に手をかけた。 もう、うんざりだ。 この地を支配する閻魔王に盾突き、無事ですまなかろうと、こんな風に小馬鹿にされ隷属されるよりはるかにマシだ。 「閻魔王…」   「やはりあのとき、このものを預かりおくべきであったな、龍羅よ」 閻魔王は広袖の上から魂魄を何度も撫で、龍羅を見据えてきた。   瞳を貫き、己が心を洗いざらい見透かし、地にぶちまけるような心眼。   怯んでなるものか、と龍羅は歯を食いしばり、柄を握りしめた。   「乱暴に扱うなとあれほど聞かせたものを…」 「てめぇは…何故それほどこいつに肩入れする?ただの人間の亡者だろう」 「お前こそずいぶん執心ではないか」 「訊いたことに答えろ」   閻魔王は微笑んだ。 どれほど慈しんでも足りない、そう微笑みは語っていた。 「未だ荒らぶるお前には分からぬ。ここで考えてみよ、何故に執心するのかを」 軽く手を振って、龍羅に何かを投げてよこした。   空を切り、手に落ちてきた。 湖水を湛えたような、蛇骨の玉簪だった。
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