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「逃げ帰って…だと?」
龍羅は耳を疑った。
「おれから逃げたと言うのか。てめぇの差し金だろうが!!」
蛇骨が逃げたなどと。
あいつがそんなしおらしいたまか!
「これ」
閻魔王が虹色に輝く光にそっと触れた。
身を屈め、優しく宥めた。
「震えずともよい」
……小賢しい。
閻魔王ともあろうものが。
心の昏い淵に何とも知れないどす黒い思いが渦巻く。
「下らねぇ真似をするな、閻魔王。てめぇが連れ出したんだろう!」
「どのような訳で連れ出したというのだ」
相変わらずゆったりとした閻魔王の受けこたえに、龍羅は苛立ちを爆発させた。
「それを今てめぇに訊いてんだ!!」
龍羅が怒号を上げた途端、すぅっと魂魄が閻魔王に擦り寄り、広袖の中に入り隠れた。
「おぉ大事ない、大事ない」
閻魔王はまるで幼子をあやすように、魂魄が入り込んだ袂をもう一方の手で抱きよせた。
「さ、分かったであろう。このものは恐れ逃げてきたのだ。覚えはないのか、龍羅」
龍羅は殺気立ち、愛刀の柄に手をかけた。
もう、うんざりだ。
この地を支配する閻魔王に盾突き、無事ですまなかろうと、こんな風に小馬鹿にされ隷属されるよりはるかにマシだ。
「閻魔王…」
「やはりあのとき、このものを預かりおくべきであったな、龍羅よ」
閻魔王は広袖の上から魂魄を何度も撫で、龍羅を見据えてきた。
瞳を貫き、己が心を洗いざらい見透かし、地にぶちまけるような心眼。
怯んでなるものか、と龍羅は歯を食いしばり、柄を握りしめた。
「乱暴に扱うなとあれほど聞かせたものを…」
「てめぇは…何故それほどこいつに肩入れする?ただの人間の亡者だろう」
「お前こそずいぶん執心ではないか」
「訊いたことに答えろ」
閻魔王は微笑んだ。
どれほど慈しんでも足りない、そう微笑みは語っていた。
「未だ荒らぶるお前には分からぬ。ここで考えてみよ、何故に執心するのかを」
軽く手を振って、龍羅に何かを投げてよこした。
空を切り、手に落ちてきた。
湖水を湛えたような、蛇骨の玉簪だった。
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