9.風追い

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  「戦乱がこう長くては、なかなか蓮台(うてな)への案内(あない)もなりませんね」 午頭が巨大な体を静かに揺らしながら、長椅子の主に語りかけた。   「現世(うつしよ)は欲と業で末世とばかりに乱れ狂っておるゆえな。暫くはお前達も息つく間がなかろう」 閻魔王はゆったりと長椅子から立ち上がった。 「おや、現世の話は面白いか。笑っておる」 午頭の手の平から虹色の光がこぼれた。 巨大な手の平を揺り篭にして、魂魄がゆらりゆらり、揺れていた。 閻魔王はその光をあやすように指で転がし、微笑んだ。 「無邪気なものですな」 馬頭がちくり、と口を挟んだ。         龍羅は再び地獄門に到着していた。 門前は相変わらず、亡者の群れで埋まっていた。 地獄門の中へ入るにはこの門を通らねばならない。   (仕方ねぇ)   群れを払いのけようと腕を振り上げたとき。 「龍羅よ」 突然、背後より呼びかけられた。 声の方を向くと、獄卒が一匹立っていた。   「閻魔王の使いか…間の良いことだな」 獄卒は龍羅の皮肉が耳に入らなかった振りをし、 「こっちだ」 さっさと閉じたままの門扉をすりぬけて入り、扉向こうから腕を伸ばしてきた。 龍羅がその腕を掴むと同時に体はすっ、と門の中に入っていった。   眼前のそこは大広間だった。 あれほど大勢の亡者が見当たらないところを見ると、どうやら閻魔王の執務の間ではないらしい。 獄卒が長い廊下も執務の間も通り抜け、連れてきたものらしかった。 その獄卒は案内だけの任だったものらしく、既に姿を消していた。   広間は朱塗りの柱と色柔らかな布が天井に波打って巡らしてある装飾が優雅な造りである。 床も心持ち、足が沈むほど柔らかな敷物が敷いてある。 そして中央には大きな長椅子が置かれ、閻魔王がかけていた。 その両隣に巨大な獄卒が侍っている。 龍羅には初めて見る顔だったが、恐らくこの二匹がさっきの獄卒達を統率する午頭と馬頭だろうと推測した。   「蛇骨に会いにきた」 龍羅はただそれだけを伝えた。 蛇骨はどこだ、とも会わせろ、とも口にせず。 閻魔王が頷いて、促した。 「午頭、龍羅の前にあのものを」 午頭がゆっくりと床に膝をつき、手の平から何かを下ろす仕種をした。 ふっかりとした床に眩ゆい光が広がった。   「蛇骨…」   龍羅は光に歩み寄り、跪いた。
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