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雪がそう言って笑いかけると、早夜は恥ずかしそうに笑った。
「あの子も…きっと喜びます」
雪は早々に湯船から上がり、自室で身支度を整える。
その時、時呼が現れて怪訝な表情をした。
「雪巫女様、どちらに?」
「村を散歩して参ります」
「まだ雪が残っております。湯冷めでもなされたら…」
「薬膳湯の効果はあります。ずっと宮に籠っていては、それこそ体調を崩してしまいそうですから」
「しかし…」
「大丈夫です。早夜にお目付役として同行してもらいます。それならいいですよね」
キリッとした目付きで自分を見つめる雪に、時呼は溜め息を吐く。
「…夕刻までには戻られませ。陽が落ちれば更に寒くなりましょう」
「ありがとうございます、大婆様。早夜、行きましょう」
ホッとしたような笑みを見せ、雪は部屋を出て行く。早夜は「はい」と言うとその後に従った。
雪はチラリと部屋の中を見る。今は見えない阿婪の存在が気になるのだ。
ごめんね阿婪…夜になったらまた会おうね…
そう心で謝りながら、雪は宮を後にした。
外はさすがに寒かった。民家の屋根などにはまだ雪が残っている。吹く風がないのが救いに感じた。
さっき別れた春と和夜が気にかかる。二人には本当に悪いことをしてしまった。自分のワガママで振り回して…春は怒られてしまったのだから。
「雪巫女様、寒くはありませんか?」
「大丈夫よ。早夜こそ冷えるでしょ?毛皮を肩に…」
「いえっ、大丈夫でございます!!先程の湯で温めた手が、まだ熱を持っております故」
「そう?寒くなったら毛皮を肩にかけるんだよ?」
自分だって寒くないはずはなかった。それでも雪は早夜を気遣い微笑む。早夜もそんな雪の気遣いに気付き、瞳を潤わした。
「雪巫女様…」
「雪巫女様だ…」
「おい、雪巫女様が宮を出てらっしゃるぞッ」
雪の姿を確認した村人たちは、次々に通りに出て来て雪を見た。中には手を合わせて拝む者もいる。
それを見て雪は悲しそうに笑った。
そして自分に手を合わせていた老婆に近付く。
「おぉ…雪巫女様じゃ…」
老婆は間近に見る雪の姿に、感嘆の声を漏らす。雪は老婆の手を見た。霜焼けで赤く腫れてあかぎれも起こしている。
雪が徐に優しくその手を包む。
「痛かったですね…家族のために、こんなになるまで」
雪は目から一筋の涙を流す。その涙は老婆の手にポタリと落ちた。
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