148人が本棚に入れています
本棚に追加
呟く言葉に早夜は俯くことしか出来ずにいた。何回もこんな雪を見たことがある。何回も同じ質問をされた。
けど、それに答えることは、一度として出来てはいなかった。
誰も答えが分かる筈はない。雪自身それを理解していた。それでも問わずにはいられない。
『どうして私だったのか』
雪の背中を見送り、春は家の中へと入る。
「春?誰か来ていたのか?」
春の気配に、部屋の奥から声がした。低い、掠れた男の声だ。
「織絵ちゃんが庭にあった椿が欲しいって来てたのよ」
適当な村の娘の名を出し、春が言った。
「雪ではないんだな?」
さっきよりも低く、大きな声で男は言った。
「違うよ父様。雪が宮を出れるわけないでしょ」
「そうか…ならいいんだ」
春の言葉に男…父親はホッとしたような口調になる。
「お前は雪に会っているようだが、あまり会うんじゃないぞ。雪が苦しむだけだ」
「……会わなかったら雪はもっと苦しむし、悲しむと思うけど」
「それが、お前たちの母さんが過ごしてきた時間だ」
春は眉間に皺を寄せ、悔しそうに拳を握り締める。
雪と春の父親は、七年前から寝たきりの状態が続いていた。雪と春が十の誕生日を祝った、運命のあの日からだ。
立つことも出来ない状態で、今となっては話すこともままならない。
父親は巫女となった雪に厳しかった。自分の妻が巫女だった時の暮らしを強いた。それを父親は当たり前だと思っていたからだ。自分の妻がしてきたこと、感じた思いを、同じ『巫女』という立場になった雪が出来ないはずはない。それが父親の考えであり、口癖でもあった。
それは、雪が成長するにつれ母親に似てきたことに由来するようだった。
そんな父親の考えが理解出来ない春は、父親の反対を押し切って雪を大切にした。
最初のコメントを投稿しよう!