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「…和夜、もう大丈夫だから…」
「あ、あぁ…」
和夜はそっと雪から離れる。
雪のまだフラつく身体を支える和夜の手。その温もりが雪には嬉しい。
「行こう…場所が分かったから」
「分かったって…」
「加江さんの娘さんの名前は…確か『清子』だったね。…いたよ、清子さん」
雪には見えた。ここから北に行くと、誰かが倒れているのが。
和夜の手から離れると、雪はゆっくり歩みを進める。
「でも…体温を感じなかったの…清子さんの身体から」
そう言った雪の背中を、和夜は目を見開いて見つめた。
何も言えない。言葉が出てこない。
和夜は歩みを止めない雪の後ろを、気遣いながらついて行くしか出来なかった。
暫く歩くと、白い雪の中に、不自然な白い膨みが見えてくる。
黒髪だけが鮮明に見えて、その膨みは、一向に動く気配がない。
その場に横たわって寝ているように、その人はそこにいた。
和夜が先に駆け寄る。傍らに膝をつけ、土色になった体温を感じさせない肌色を直視し、和夜は込み上げてくる吐き気をグッと呑んだ。
流れる黒髪から覗く首筋には、一センチにも満たない穴が二つ開いている。
まるで骨と皮だけになったか細い身体。手首など鳥の足のようになっている。
なのに彼女の顔は、不思議な程に穏やかなものだった。本当に眠っているように。
和夜は、ふと歩みを止めた雪を見上げる。
彼女を見つめたまま、静かに涙を流す雪。虚ろに彼女を見下ろすその瞳からは、深い哀しみと強い無念さを感じる。
雪は跪き、彼女の首筋にそっと手を触れる。淡い光りが手の平からポゥッと漏れたかと思うと、手をそこから離した。
首筋には、もう穴は開いてなく、綺麗な状態になっていた。
彼女の着物に、雪の涙が落ちてシミを作っていく。
「…ごめんなさい…あなたを…護ることが出来なかった……」
冷たい地面に座り込んで、雪は呟いた。巫女の袴が溶けた残雪に染まっていく。
「お前のせいじゃない…」
雪の姿を見ることに耐えられなくて、和夜は目を伏せて言った。
雪は小さく左右に首を振る。
「ううん…私のせいだよ…私は巫女として…村の人たちを護らなきゃいけない義務がある…代々の巫女たちから…母様から受け継いだ大切な村の……なのに、結界の内側に妖が入ったことにも気付かないなんて…ッ」
感情的に雪が絞り出した声が響く。俯いて泣き続ける雪の身体を、和夜が優しく抱き締める。
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