序章 決闘高田馬場

10/15
前へ
/236ページ
次へ
「馬鹿者。いい加減にしろ」 叔父に平手打ちを見舞わされ、時に煩わしく感じても、父と子の様に思えて、嬉しかった。 そして、高田馬場へ疾駆した。 父とも慕った叔父が、卑劣な策謀の餌食にされ、無念の死を遂げた。刃が空を裂き、舞った。 今、堀部彌兵衛の息子となり、浅野内匠頭という藩主の家臣になろうとしている自分がいる。 あの、ほりが自分の妻になる。 <俺は獣だ。愛せるものか> 木刀の素振りで玉の汗を散らしながら、安兵衛は悩みに悩み、迷いに迷った。 <俺は中山家を再興せねば> それこそが、何よりも亡父・彌次右衛門と、叔父・六郎左衛門の望みであり、己自身の悲願なのだ。そう言い聞かせていた。 「そろそろ、帰りましょうぞ」 渋る彌兵衛を説き伏せ、素早く勘定を済ませ、店を出て、歩き始めようとした時。目先の路地に人影。殺気を感じる。 「堀部殿。拙者の背後に」 当初、全く状況を理解出来ず、首を傾(かし)げる彌兵衛を庇う様に立ち、太刀の柄に手を掛けて、一歩、前へにじり寄る。 彌兵衛も、殺気を察知した。 「辻斬りか。それにしては」 一人。二人。いや、三人。 辻斬りにしては、三人は多い。 三つの人影が月光で露出する。一瞬、刃の光が見えた。 一人が太刀を抜いた模様を感知する。斬り掛かって来る。 安兵衛は疑問を確信に変えて、一気に太刀を抜き放ち、叫ぶ。 「村上一派の残党と覚えたり」 叫び終わらぬ内に、一人が飛び出した。「死ね」と叫びつつ、猛然と襲い掛かって来た。 すかさず、一歩。踏み込み、刃を交えて払い退け、真横に振って腹を斬り裂き、倒した。 「伝吉。早う急いで人を呼べ」 安兵衛は大音声で亭主の名を呼び、番所へ走らせた。彌兵衛も太刀を抜いて、構えている。 「中山安兵衛、覚悟」 右に、一人。左に、一人。挟撃の構え。安兵衛は右へ走り、斜めに振り下ろす。相手の肩から鮮血が噴出し、崩れ落ちる。 すかさず、左へ。三度、烈しく刃を交えて、脳天を打ち砕く。相手が膝を崩して、倒れた。 まさに電光石火の早業だった。 「いや、お見事。お見事じゃ」 亭主の先導で、同心と目明かしが、番所から駆け付ける前に、安兵衛は屍を川の字に寝かせ、状況説明に備えた。 迅速な行動力と的確な判断力。 安兵衛の一挙手一投足、その全てに彌兵衛は舌を巻いていた。 何よりも、剣術に感動した。 豪快かつ大胆。荒々しく猛々しい武士(もののふ)の剣だった。
/236ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加