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「馬鹿者。いい加減にしろ」
叔父に平手打ちを見舞わされ、時に煩わしく感じても、父と子の様に思えて、嬉しかった。
そして、高田馬場へ疾駆した。
父とも慕った叔父が、卑劣な策謀の餌食にされ、無念の死を遂げた。刃が空を裂き、舞った。
今、堀部彌兵衛の息子となり、浅野内匠頭という藩主の家臣になろうとしている自分がいる。
あの、ほりが自分の妻になる。
<俺は獣だ。愛せるものか>
木刀の素振りで玉の汗を散らしながら、安兵衛は悩みに悩み、迷いに迷った。
<俺は中山家を再興せねば>
それこそが、何よりも亡父・彌次右衛門と、叔父・六郎左衛門の望みであり、己自身の悲願なのだ。そう言い聞かせていた。
「そろそろ、帰りましょうぞ」
渋る彌兵衛を説き伏せ、素早く勘定を済ませ、店を出て、歩き始めようとした時。目先の路地に人影。殺気を感じる。
「堀部殿。拙者の背後に」
当初、全く状況を理解出来ず、首を傾(かし)げる彌兵衛を庇う様に立ち、太刀の柄に手を掛けて、一歩、前へにじり寄る。
彌兵衛も、殺気を察知した。
「辻斬りか。それにしては」
一人。二人。いや、三人。
辻斬りにしては、三人は多い。
三つの人影が月光で露出する。一瞬、刃の光が見えた。
一人が太刀を抜いた模様を感知する。斬り掛かって来る。
安兵衛は疑問を確信に変えて、一気に太刀を抜き放ち、叫ぶ。
「村上一派の残党と覚えたり」
叫び終わらぬ内に、一人が飛び出した。「死ね」と叫びつつ、猛然と襲い掛かって来た。
すかさず、一歩。踏み込み、刃を交えて払い退け、真横に振って腹を斬り裂き、倒した。
「伝吉。早う急いで人を呼べ」
安兵衛は大音声で亭主の名を呼び、番所へ走らせた。彌兵衛も太刀を抜いて、構えている。
「中山安兵衛、覚悟」
右に、一人。左に、一人。挟撃の構え。安兵衛は右へ走り、斜めに振り下ろす。相手の肩から鮮血が噴出し、崩れ落ちる。
すかさず、左へ。三度、烈しく刃を交えて、脳天を打ち砕く。相手が膝を崩して、倒れた。
まさに電光石火の早業だった。
「いや、お見事。お見事じゃ」
亭主の先導で、同心と目明かしが、番所から駆け付ける前に、安兵衛は屍を川の字に寝かせ、状況説明に備えた。
迅速な行動力と的確な判断力。
安兵衛の一挙手一投足、その全てに彌兵衛は舌を巻いていた。
何よりも、剣術に感動した。
豪快かつ大胆。荒々しく猛々しい武士(もののふ)の剣だった。
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