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「誠に、身に余る幸せと存じ上げまする。さりながら、その儀ばかりは、どうか。何卒」
意外な安兵衛の申し出に、内匠頭は面喰らった表情を見せる。
「何ぞ、不服でもあるのか」
姿勢を正し、安兵衛は続ける。
「拙者、元は越後新発田の生まれ。故あって藩を追われ、心ならずも、浪々の身にござりまするが、中山家再興こそ、積年の悲願。野良犬同然の素浪人風情には、誠に過分な有難い御話とは存じ上げまするが、畏れ多くも、御殿におかれましては、どうか何卒、お汲み取り願わしゅう存じ上げまする」
全て言い終わると、安兵衛は鼻を畳に擦り付け、ひれ伏す。
「はっきりと申す奴じゃの」
内匠頭は苦笑しながら、安兵衛を凝視した。愚直なまでの正直さに共感を覚えていた。
「畏れながら、殿に言上仕る」
彌兵衛が興奮し、膝を進める。
「苦しゅうない。申してみよ」
内匠頭が笑顔で、直答を許す。
「拙者、とことん中山殿に惚れましてござる。無念なれど、我が堀部の家は、拙者の代で潰えましょうが、中山殿さえ宜しければ、中山姓のまま、娘を嫁がせとうござる。我が婿は、この中山殿をおいて到底、他に考えられませぬ。この儀、何卒、お許し下さりませ」
まさに、鬼気迫る彌兵衛の執念に対し、すっかり意表を突かれて、安兵衛は驚愕した。痛快と言わんばかりに、内匠頭が爆笑し、安兵衛は困り果てる。
「彌兵衛爺は相変わらず強引だな。俺は、それで一向に構わぬぞ。さあ、安兵衛。どうする」
もう、首を縦に振って、頷くしか無い。逃げ切れそうに無い。とうとう、安兵衛は観念した。
<これも、我が人生だ。煮るなり、焼くなり、好きにしろ>
一呼吸ついて、安兵衛は彌兵衛に頭を下げ、内匠頭に告げた。
「慎んで、お受け仕ると共に、この安兵衛。本日より、殿の御為に忠誠を尽くす覚悟にて、粉骨砕身の限りを尽くしまする」
内匠頭は笑顔で頷き、狂喜した彌兵衛が、思わず感涙する。
「よくぞ申した。今日よりは、我が倅じゃ。これで、何時でも死ねる。頼りにしておるぞ」
すっかり、してやられた。しかし、この新しい父親と共に暮らす事が、安兵衛は少し、楽しくなった。退屈はしないだろう。
「親父殿。末永く、よしなに」
かくして、中山安兵衛は、堀部彌兵衛の婿養子となり、ほりと祝言を上げたのである。
やがて、四十七士最強の剣客となる、堀部安兵衛武庸が誕生した瞬間でもあった。
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