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「加えて、率直に申し上げる。我が殿・浅野内匠頭様は、武門の道を尊ぶ御家柄あって、質実剛健を家風となされ、平素の質素倹約を旨としておられる。憚(はばか)りながら、我が婿として、中山殿が当家に御仕官なさるとあらば、これほどに頼もしく、心強い事は無いと存ずる。我が殿も必ずや、今や剣豪の誉れ高い中山殿を、お気に召されるはずじゃ。如何でござる」
事ここに至って今更、己自身の無防備を嘆いても仕方が無い。とは申せ、安易に鵜呑みにして良いのか。安兵衛は沈思黙考しながら、自問自答していた。
<どうする。丁重に断るか>
ますます語気に熱を帯びる彌兵衛に対し、一種の執念みたいなものを垣間見た。
「父上。もう、その辺りで」
ほりが口を挟む。恥ずかしそうに娘が父親を制してから、ようやく安兵衛が重い口を開いた。
「御老体。誠に申し訳ない事とは存じますが、少し考えさせて頂けませぬか。何分、いきなりのお申し出ゆえ、慎重に身の振り方を決めたく存じます」
ようやく彌兵衛は我に返った。
「いや、これは。拙者とした事が、つい。お恥ずかしゅうござる。これでは中山殿も、お困りですな。申し訳ござらぬ」
照れ臭そうに詫びる彌兵衛と、苦笑する安兵衛を交互に眺め、ほりは思わず笑ってしまった。
「これ。其方(そち)は笑うな」
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