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「わしは、のう。娘が可愛い。一人娘だけに、のう。可愛くて堪らんのじゃよ。安兵衛殿ならば、と思うてのう。ほりも、幸せになれると存ずる。所詮、親の独り善がりじゃと思うて、笑うて下されや」
「いや、左様な事は決して」
「のう、安兵衛殿。ほりの事を如何思し召さる。あれは、親のわしが申し上げるのも何じゃがな。なかなかに気立ての良い娘でござってな。尽くす娘にござるよ。お気に召しませぬかの」
「滅相もござらん。むしろ、その逆にござる。ほり殿の様な御立派な娘御は、拙者如き素浪人風情には、猫に小判も良い所でござる。余りに勿体無き御話と存ずる。正直に申し上げて、先日より、震えが止まらぬ心地が致し、落ち着きませぬ」
「わしは息子が欲しいのじゃ」
「拙者が堀部殿の御子息、と」
「わしは、この通り。生き恥を晒すだけの老骨じゃ。わしが死ねば、堀部の家も絶える。殿に御奉公も出来ぬ。娘と添い遂げてくれる、頼もしい倅(せがれ)がおってくれたら、最早、この世に思い残す事も無い」
「お止め下され。その様な事を申されますな。縁起でもござらん。どうか長生きなされませ」
「このままでは、死んでも死にきれん。わしにとっては、最後の夢。夢なのでござるよ」
すっかり酔いが回り、彌兵衛と押し問答の如き会話をしつつ、徳利を開ける安兵衛の脳裏に、過去と現在が交錯する。
思えば、流転の半生だった。
越後新発田藩士だった、実父の中山彌次右衛門は、失火の責任を問われて、藩を追われる身となり、失意の内に病没した。
父の死後、心ならずも親戚中を盥(たらい)回しにされて、一念発起し、安兵衛は江戸に出た。
やがて、堀内源太左衛門の道場に入門し、天賦の才能が覚醒したのか、瞬く間に頭角を現し、安兵衛は堀内道場の【四天王】に数えられていた。
「お主とは、いずれ真剣で」
清水一学という男も、いた。
癖は有ったが、本当に気持ちの良い男だった。対戦は苛烈を極めたが、よく共に酒を酌み交わした。将来の夢も語り合った。
今は音信も途絶えて、行方も知れない。何処で何をしているのか。叶うならば、再会したい。安兵衛は、一学が好きだった。
剣の修行一筋に打ち込み、切磋琢磨し、出張稽古も多かった。そんな毎日の中で、伊予西条藩士だった菅野六郎左衛門と知り合い、親交を深め、叔父と甥の契りを結ぶ事になった。
道場を去った後、喧嘩と博打に明け暮れて、酒に溺れていた。
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