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「お館様。」
城の中がざわめく。
「……どうだ。」
低い声でゆっくりと調子を窺う声。
「……お館様。」
一番年輩の女官、しずが前に出る。
神妙な面持ちだ。
呼ばれた男、隆元はしずを睨み付けたまま呼吸を止めた。
オギャー オギャー
沈黙を破るように障子の向こうから、大きな泣き声が響く。
城中がどよめく。
騒がしい男たちを尻目に、しずは毅然とした態度で身を翻しと障子の向こうへ消えていった。
しばらくして障子越しに、若い女の声が響いた。
「ひ、姫様にございます!」
わぁ、
と歓喜とも落胆ともとれる声が城中から漏れる。
しかしやっと生まれたというのに奥の部屋は静まり返っている。
赤子の泣き声だけが元気にこだましていた。
「琴……」
隆元はただ立ち尽くして妻の名を呟く。
そのまま随分と時間が流れた。
夕暗闇に赤子の声と鈴虫の声がどこまでも響く。
スッと障子が開かれ、しず率いる数人の女官が出てきた。
「奥方様も無事にござります。」
隆元に微笑みかけるしず。
その後ろから若い女官に抱かれて出てきたのは――なんと二人の赤子だった。
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