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「おーい、かあちゃん。」
樵が畑で作業をする齢五十程の白髪混じりの女に声をかける。
「今日なんかあるんか?
殿様がえらい慌ててらしたぞぉー。」
女が得意気に答える。
「お前知らないのかい。
ついに世継ぎがお生まれになるとかで村中大騒ぎさぁ。」
「なぜ世継ぎとわかる。姫様かもしれんぞー。」
「きっと若様だぁ。皆そう言っておる。」
女は目をくしゃっと細めて眩しそうにそう言った。
「期待するのは良いことさ。
外が戦、戦で物騒なのにこうしていられるのは強い殿様のおかげだもの。
世継ぎが生まれたら孫の代まで安泰だぁ。
頼もしいじゃないか。」
――ここ、凛州を治める永良 隆元と妻琴姫には長い間子供が授からなかった。
そこで養子を誰にするかを巡って派閥が生じ、長く続いた秩序が崩れかけている。
そんな噂が村人たちの間で、ひそかに広まっていた。
今回息子が生まれれば、
その不毛な内部争いに終止符を打つことになる。
村人たちの期待はもっともだった。
支配層の争いはたとえ小規模でも、百衆の生活と命を大きくえぐることになるだろう。
女はそっと手を合わせて祈った。
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