幼き日

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ヒューン  ダンッ 風を切って飛ぶ一本の矢は、滑らかな線を描いて的の中心へと吸い込まれ力強い音を立てて止まった。 この矢を放った齢十にもならぬおかっぱ髪の少女は、嬉しそうにニッと笑って後ろを振り返った。 「正太ッ見た!? どぉ?父上!! これで次のけいこにうつれるよね?」 「ねぇさますごいー」 弟、正太は目を輝かせている。 父隆元はため息をつきながら呟いた。 「まったく、結構な腕前だ。 …二人の才が逆なら何も問題なかろうに。」 「えっ?」 「どうせまぐれだろうと言ったんだ!」 的の中心を見据えた目、腕の動き、角度。 そのいずれを採ってもまぐれなどではないことを、隆元はわかっていた。 恐らく百回放っても彼女は的を外さないだろう。 惜しいことだ。 恐らく男に生まれていれば、希代の武将になったであろう。 教えたことをどんどん吸収し日に日に成長する娘に夢中になり、護身を言い訳についつい武術を今日まで仕込んでしまった。 しかし友枝は女だ。 いくら武術が長けようと、武将になることはできない。 嫁ぎ、子を生む使命のある武家の娘なのだ――。 「…ぇ」 「父上っ」 ハッと我に帰る。 娘が薄紅色の頬をぷくっと膨らませ、こちらを睨んでいた。 「マグレなんかじゃないからねッ 見てて!!」 ドンッ ドンッ 今度は連発で、先程と同じ的に当たった。 先に刺さった矢を割くようにして新しい矢が突き刺さる。 「何度だって当てて見せるわ。」 得意げにすんと鼻をならす友枝。 隆元は半ば呆れるように言った。 「わかった。まぐれじゃないことは認めよう。 …ただし。」 真剣な表情になり、娘の目をまっすぐに見つめる。 「私はお前にこれ以上、武術は教えん。」 友枝には表情ですぐわかった。 ―父上は本気だ。 でも、なぜ。 「…どうして。」 「お前は女だ。 いつまでもこんなことをしてる場合じゃないだろう。 まずは作法、読み書きなど教養をもっと学びなさい。」 友枝は涙目になる。 「それもちゃんとやるから。」 隆元は語気を荒げた。 「駄目だ。 武術は殺し合いの技だぞ…! 女がそんなもの習う必要はない。」 「でも…」 みんな毎日体を鍛えて、練習してる。 それは殺人のためじゃない。 身を守り、くにを守り、家族を守り、生きるため。 そうなんでしょ? どうして私がそれをしてはいけないの―?
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