幼き日

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馬小屋の前にちょこんと座り込み、丸くなっている友枝。 目は赤く腫れている。 「あれ?」 馬を見に来た少年は、自分が仕える将軍の娘を見つけて目を丸くさせた。 「ろくにぃ…」 ろくにぃ、こと茂道は元服したての十五才。将軍隆元に最も信頼される重鎮吉倉茂遠(しげとお)の六番めの実子であり、長男だ。 友枝や弟の正太とは年が近く、兄のような存在である。 「どうしたんですか、こんなところで。」 人懐こい笑顔。 友枝はこの笑顔を見ると安心して泣きたくなってしまう。 大好きな笑顔を見上げたまま、ぽろぽろと零れる涙。 「わ、わ、どうしたんですか」 茂道は慌てて友枝の顔を覗き込んだ。 まだぶかぶかな袖の先で、涙を拭いてやる。 「全くもう――。 友枝様は泣き虫なんだから。 …何があったんです? …… … あっ そうだ! ちょっと遠乗りでもしましょうか?」 パアッと飛び切り明るい笑顔をみせる茂道。それをみて、友枝は思わず頷いた。 「よし決まりっ。」 トンッと馬を叩く。 栗色の小振りな馬は、フンフンと鼻を鳴らして返事をした。 茂道のはじめての馬で、賢く、よく走る名馬だ。 茂道は慣れた手つきで鞍を乗せ、準備を整えてから友枝を先に乗せた。 それから軽やかに城を出た。 すっかり賑やかになった城下町は、商人たちの声で賑わっている。 ずらりと並ぶ瓦屋根の武家屋敷からは夕餉の米を炊く匂いがした。 友枝と茂道はその中を風よりも速く走り抜けた。 涼しい風が頬を撫でていく。 それを抜けると今度は一面黄金色の草原が現れた。 風に揺られて稲たちは、重そうな頭を右へ左へと揺らしている。 友枝は目の前に広がる風景に圧倒された。 茂道に何度か連れてきてもらったことはあったが、秋に来たのは初めてだ。 田植えの頃にはあんなに小さくて心細げだった稲が、今や一つの大きな生き物のように、悠然とうごめいている。 「この辺にしときましょうか。日暮れまでに帰れないと大変ですから。」 邦を一望できる丘の上に並んで腰掛けた。 ただ草を凪ぐ風の音だけが二人を包む。 「父が…もう武術はやるなと言うんだ。…」 茂道はしばらく、ただ黙って聞いていた。 そして笑顔で言った。 「お館様は心配なんでしょう。 大事な一人娘が傷つきはしないかと。 武術は…傷つけ合う術ですから。」
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