プロローグ

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プロローグ

「おい、起きろ。こら。」私の身体を揺り動かす何かが幸せな一時の邪魔をする。 「起きろ。」全てを無視した私に最後の一撃をくだす。 「んだよ、うるさいな。」 私は目覚めた。だが、そこには誰の姿もない。あからさまに不機嫌そうな顔をした彼の姿も、それでも寝起きの人間に食欲を思い出させるコーヒーを持った彼の姿も。 唯一の友、Nが私の元を去ってから十年が経つ。それでも稀ではあるが、毎日繰り返していた朝のワンシーンが目覚まし代わりになる時がある。 朝の五時、辺りは真っ暗、鳥の鳴き声すらない。 「眠れやしない。」私は誰に言うことなく一人呟く。 講義開始まで三時間、まだまだ時間はある。眼鏡をかけ、新聞を探す。無機質に畳まれた新聞が玄関のドア下に落ちている。 新聞を拾い、昨夜電源を切りすっかり冷めたポットに再び電源を入れる。 一分もしない内に水がお湯に変わる。 これもまた昨夜の内に洗っておいたカップにインスタントのコーヒーを入れ、出来たばかりの熱湯を注ぎ込む。 「別に誰のためでもなく、自分のためにか。」私はいつものように呟いた。 何の変哲もないタバコのケースに手をやり一本口にくわえ火を点ける。メンソールの軽い刺激が口の中に拡がる。 コーヒーの甘い香とタバコの軽い刺激が私の頭を眠気から救い出そうとする。 ようやく鳥達が起き出したようだ。別に餌付けをしているわけでもなく、宿り木代わりにベランダが使われているだけだ。 この世にただ生かされているだけの私と何も変わりはしない。自由の翼があるだけ彼らの方がまだましなはずだ。
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