ひまわりの約束

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「ねぇ生きてるのって楽しいかい」   太くて大きな白い指がテーブルの上で踊る。 嗚呼 いつもの癖だ。 彼は暇になると、決まって指先を持て余すのだ。 頬杖を尽きながら、にこにこと笑う。 藤色の瞳が穏やかに彼、耀をみた。   「楽しいから生きてるんじゃねーかある」 「そう…」 「お前は―…」   どう思うか、と問おうとしたら人差し指で唇を塞がれた。 何故 塞がれなければいけないのだろう。 驚きより、疑問が最初に浮かんだ。 しかし、それは彼、イヴァンの言葉によってすぐに解決する。   「名前」 「え?」 「名前で呼んで?」 「…イヤある」 「なんで?」 「イヤだからある」 「呼んでよ…? ……ねぇ」   身を乗り出して、子供が駄々をこねるように言うものだから、耀はふいっと体ごと彼から逸らした。 逸らす途中、寂しそうなイヴァンの顔が一瞬見えたが、いちいち気にしてはいられない。 この前だって気になって近付いたら、いとも簡単に押し倒されてしまったのだ。 耀の祖国、中国が世界に誇る体術を駆使しても、だ。 大きくて大きくて何処までも汚れを知らない、子供のような彼の前ではどんな鉄人でも赤子のようなのだろう。 菊の祖国が誇る護衛艦ですら、彼にとってはおもちゃになってしまうのではないか。 菊の兄的立場からすると冷や汗ものなのだ。 居ても立ってもいられない。   「早く…」   突然耳元で囁かれた声に、体中が跳ね上がった。 まるで拷問だ。……いや、拷問のほうが少しはマシかもしれない。   「ねぇ、いつものように呼んでよ」   欧州のルートヴィヒとは違うが、しっかりとした腕にがっちりと捕まった。 耀の華奢な体など折れてしまいそうだが、見た目に反しイヴァンの抱きしめる仕草はややぎこちないものの、まるで壊れモノを扱うかのように優しかった。   「……耀」   それに相応するかのような、ひどく優しくて寂しそうで、哀しそうな声音。 しかし、きっとすぐそこには藤の双眸が楽しそうに輝いているのだろう。 そう思うと思わず俯かずにはいられない。 騙されてはいけない。 ヤツに騙されては――…。  
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