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「なんで…俯くの?」
「……」
「顔、あげて?」
「………」
「ねぇ」
「……、…っ……」
「怖い?」
「………」
「……怖いんだね」
まるで菊がよくするように、自虐的にポツリと漏らすイヴァンがひどく耀の心を揺する。
嗚呼、そんな声で言うなある!
また騙されそうになるじゃねーかある!
「ふふっ、別にいいんだ…。慣れてるから」
自嘲的な笑みとこぼれるのは、哀愁とサウダージ。
とてつもなく広大な国で、たった独りで雪に閉ざされた土地と向き合わなければならなかったつらさ。
寒くて暗くて辛くて死んでしまった方が楽なのに、死ぬことが赦されない身。
長い間、雪に覆われる大地。
厳しい、冬将軍。
「1人は……慣れてるから…」
「…ある」
「え?」
この部屋にはイヴァンと耀の2人だけだというのに、そしてとても近いというのに、耀が呟いた声はひどく小さくてイヴァンは聞き返した。
いや、彼の言葉にぎくりとしたのだ。
的を射すぎているから。
まるで心の臓に鉛玉をたった一発食らったような感じだ。
たった一発でも、そこは心の臓。
痛みに伴い、血が滲む。
そして、いずれ侵食される。
「嘘ある。我に嘘吐こうなんざ百年早ぇある」
「…ふふっ、やっぱり……君、きらいだ」
「よかったある。我もある」
「また、明日もきてね」
温もりが背中から遠ざかった。
悪態を吐きながらも、2人はもう依存しあってしまっている。
「しょーがねぇある。来てやるある。菓子でも用意してるよろし」
「うん。じゃあ、ひまわりを持ってきてほしいな」
「ひまわり?」
帰る支度をする耀の行動をみながらイヴァンがねだると、その手を一旦止めて首を傾げた。
イヴァンは「うん」と穏やかに微笑む。
「もう、咲いているでしょ?」
その問いに少し考えてから耀は頷く。
確か、モンゴルとの国境付近にひまわり畑があったはず。
「わかったある。抱えきれないぐらいもってきてやるヨ」
「抱えきれないぐらいはいらないよ。もったいないしね」
得意げに言うと、困ったような笑顔で返された。
それがあまりにも自然な笑みだった為、耀は少し目を見開いた。
「それじゃ我はいくある」
「うん、またね」
重厚で堅牢な扉が、音を立てて閉まった。
fin
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