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平坂、と書かれた表札の掛かったごく普通の一軒家の門を開け、我が家の敷地の外へと足を踏み出す。その足が少しだけ震えていたのは、多分気のせいだ。
ちらりと視線をやったポストには、一番上に平坂公平と書かれていて、その下に続くように、綾音、美月、しとねと書かれている。
それぞれ、上からお父さん、お母さん、私、それから五つ離れた妹の名前だ。
「馬鹿みたい……」
思わず、ぽつりと呟いた。今更、自分の家のポストをこんなにマジマジと見つめて、一体私は何をしているのだろうか。本当は、こんな事をしている場合じゃないのに……どうやら私は、高校に入ってから始めて皆勤賞を逃すハメになりそうだ。尤も、それは他でもない私自身のせいなのだけれど。
私、平坂美月はそれなりに仲の良い中流家庭で生まれ育ち、普通に義務教育を終えて少しだけ偏差値の高い高校に入学し、最初の一年を友達を作ったり若者らしい恋をしたりしながら過ごした。
唯一変わっている事と言えば、妹のしとねが足に障害を持っているくらいで、先程母が車を走らせたのも、しとねを学校に送り届ける為だ。しとね曰く、過保護過ぎる……だそうだけれど。
障害をものともしない、しとねの天真爛漫さはいつも我が家に光を灯してくれていて、私達家族がそれなりに仲良くやっていけているのは、きっとしとねのお陰なんだろうなと思う。
そんなしとねだから、もし私が居なくなったとしても、きっと家族を纏めてくれる。私の家族は、今から私が起こそうとしているコトくらいじゃ、バラバラにならないって信じてる。それはもしかしたら、とても勝手な私の思い込みなのかもしれないけれど。
いっぱいいっぱい謝らなくちゃいけない事が有るから、リビングの机に手紙を残して来た。家族それぞれに、一通ずつ……それと、世界で一番大好きだった、あの人に。
人間は、死を間近に迎えた瞬間に走馬灯のように自分の人生を振り返ると、昔何かのテレビで言っていた。その真偽は、もちろんまだ経験した事のない私には分からないけれど。
折角だから、思い出してみようか。人生じゃぁ長すぎるから、あの人に恋をしてから今日までを。
短いようで、それでいて色々な感情の詰まった、一年間を。
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