第1章 出会い

2/10
前へ
/117ページ
次へ
「じゃあマスター。俺そろそろ上がるわ」 「おぅ。連休なんて久しぶりだろう、由紀ちゃんと一緒に過ごしてやれ。喜ぶぞ」 「はいはい。ホント、由紀には甘いよなぁ。……じゃ」 苦笑してそう返すと、マスターは満足げな唸り声を上げて俺に背を向けた。 カラン…… ドアに付けたくすんだ金色のベルが、小さく揺れて音を立てる。 風でひっくり返されていたプレートを「Closed」に直して、地上に続く階段を上った。 駅からそう遠くない地下バー「Midnight Heaven」。 その名の通り、「真夜中の天国」。 とは言ったって、夜型人間のたむろする煩いバーとは違う。 一日の終わりに現実を離れ、精神的にも身体的にも疲れきった人間たちが羽を休めに来る場所だ。 静かな音楽に身を浸し、日頃の疲れを癒す店。そうしてたまには、信頼のおけるマスターに話を聞いてもらう店。 そんな店だから、従業員は俺とマスターの二人だけの店でも、ちょっといい感じの穴場的な場所になっている。 そして俺は、この店で客に出すための酒を作る。 こんな仕事を結構気に入っている。 (うー……さみぃ) 十月にもなると夜は急に冷え込んで、薄いジャケットの俺はまだクロゼットにしまったままの冬のコートが恋しくなる。 次は絶対コートを着て行こうと軽く決心してマンションのすぐ裏にある公園の角を曲がった時、初めてその小さな異変に気がついた。
/117ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加