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「は?」
「いや、家は嫌です……ダメ。家だけは……やめて、ください。嫌です、嫌……」
イヤだ、ダメだとただ訴えて、身体を縮める。
首をすくめて、耳をふさいで、そいつは全身で何かを拒絶していた。
両手が震えている。
何故、家が嫌なのか。
何が、ダメなのか。
分からない。
分からないが、ただ一つだけ確かなのは、その「嫌」が「嫌悪」ではないということ。
嫌っているのではない。
焦点の定まらないその目の中に映るものは、紛れもない恐怖。
見間違うはずもない恐れ。
これほどまでに何かに怯えた人間は今までに見たことがない。
その剣幕に気圧されて、俺はそっと充電器に携帯を戻した。
「電話は、嫌……」
力の入り過ぎた拳が白く、血の気が引いている。
うつむき、うわ言のように繰り返すそいつの肩が小刻みに震えて寒々しい。
そう言えばまだ、雨に濡れた服のままだった。
「なぁ」
「いや……」
「なぁ、寒くねぇ?」
声を掛けるとびくりと顔を上げた。
まるで今初めて俺の存在に気付いたみたいに。
青白い、なんだかひどく憔悴した顔は頼りなく、今にもまた倒れそうに見えた。
「家に連絡はしない。……嫌なんだろ?どっちにしろ俺はお前んちの番号知らないしな。とりあえず今は……ここにいりゃいいんじゃね」
「……?」
「……熱が下がるまで、な」
じっと見上げるそいつの顔に、たちまち安堵の表情が浮かぶ。
それを見ながら、熱が下がったらすぐに追い出してやる、と心の中で呟いた。
「今……パーカー持って来るから、着替えて」
着替えを取りに部屋を出て、激しく後悔する。
(なんで自ら面倒抱え込むかな……っ)
それでも三日もすれば関わりも無くなる、と自分をなだめて、クロゼットをあさる。
(家は嫌……か)
あいつの怯えの対象が何なのか気になった。
だけどそれは、聞けない気がした。
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